ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

282 日本結晶学会誌 第57 巻 第5 号(2015)波多 聰,光原昌寿,中島英治,池田賢一,佐藤和久,村山光宏,工藤博幸,宮崎伸介,古河弘光かり,ET観察がその実態を明確に可視化した.3.2.2 鉄鋼材料(強磁性体)における転位のET 観察転位のET観察が活躍する場として期待されている分野の1つに,鉄鋼材料の分野が挙げられる.鉄鋼材料の用途の多くは構造用部材であり,強度や変形特性,加工性などの力学特性が転位と密接にかかわっているため,転位挙動の理解は意味のあるところと言える.しかし,鉄鋼材料の約9 割はα-Fe やα’ マルテンサイトといった強磁性相を母相としており,試料の磁場と対物レンズの磁場および電子線との相互作用により,強磁性鉄鋼材料のET観察は困難を伴う.具体的には,試料傾斜に伴い入射電子線および試料からの出射電子線の偏向が起こったり,像にボケ,ひずみ,回転および倍率変化が生じたり,試料自体が変形したりする.こうした現象は,試料傾斜中に観察対象の形態が変わるのと同等の影響を3D再構成画像に与えることになる.さらに,回折コントラストを用いたET観察の場合には,試料傾斜軸上で励起した回折波の回折条件が試料傾斜中に大きく変わってしまい,転位コントラストが消滅するといった深刻な影響を与える.試料の磁性の影響を回避するためには,試料の体積や厚みを減らすことが有効であり,集束イオンビーム(FIB)などにより試料を極小化すると磁性の影響は劇的に低減される.ただし,FIBサンプルといえども,対物レンズの強い磁場によって試料が変形・破損する可能性は残る.また,μmスケールで不均一な組織を有することが多い鉄鋼材料の観察においては,従来の直径3 mmディスク形状試料に電解研磨を施した広い薄膜領域を使って組織解析をすることが望ましい.そこで,筆者らは電解研磨で薄膜化した3 mmディスク状試料でET観察を行うための方策を検討してきた.その結果,電解研磨前の機械研磨の段階で試料厚みを通常の100 μm以下程度よりもさらに薄い30 μm程度まで薄くすることで,磁性の影響を補正可能な程度に抑え,3D観察に耐え得る連続傾斜像観察が可能であることがわかってきた.1)図11はフェライト系耐熱鋼試料のSTEM連続傾斜暗視野像1)から再構成した3D画像である.α’ マルテンサイトラス境界に析出した炭化物粒子に加えて,図中矢印で示すような粒内転位を連続傾斜像として捉えることに成功しており,3D画像においても,不鮮明ではあるが転位の形態と分布を3Dで確認できる.したがって,細かな課題は残るものの,強磁性鉄鋼材料のET観察が汎用レベルにまで高まる可能性を示していると言えるだろう.4.おわりに本稿では,最近のETの現状と,回折コントラストを用いたET観察,特に転位の観察への応用について概説した.最後に,今後の課題や展開について述べる.(1) 定量化.ET観察によって明らかにされている3D構造のほとんどは,観察対象の表面形態であり,密度分布などの内部情報については,転位を除いて観察対象となることは現状ではほとんどないと言えるだろう.しかし,CTとは本来,観察対象の密度分布を可視化するものであり,ET観察における観察対象の3D密度分布の可視化はこれからの課題と言える.これに関連して,Echigo ら,67)Leary ら26)およびYamasakiら20)は,表面形態だけでなく密度分布まで正しく3D可視化するための手法開発に取り組んでおり,今後の進展が期待される.(2) 高速化・時間分解観察.前述のように,連続傾斜像の高速撮影や,それに伴う時間分解3D観察はとても魅力あるトピックと言える.本稿で紹介した転位についても,その3Dダイナミクスを観察するための図10 Mo(001)表面近傍の転位の3D再構成画像.(3Dreconstructed view of dislocations near a Mo(001)surface.)図11 STEM環状暗視野トモグラフィーにより3D可視化したフェライト系耐熱鋼の転位(矢印)と炭化物粒子.(3D views of dislocations(arrow)and carbide particles in ferritic heat-resistant steelvisualized by annular dark-field STEM tomography.)