ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No5

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概要

日本結晶学会誌Vol57No5

日本結晶学会誌 第57巻 第5号(2015) 281電子線トモグラフィーによる格子欠陥の三次元観察挙げられる.エピタキシャル結晶成長に伴い導入される転位の解析,33)-34)析出粒子にトラップされた転位が粒子から離脱するときの離脱角の測定としきい応力の推定,63)結晶粒界における転位の伝播過程の解析,14),37)-41)結晶内のクラック進展を妨げる遮蔽応力場を生む転位組織,42)-48)集束イオンビーム加工に伴うアーティファクトとして金属表面に形成された転位ループによる粒内転位のトラップ現象の観察,64)合金中の溶質原子クラスターによる転位の交差すべりの観察.65)これらの応用例は,いずれも転位のダイナミクスの理解を目的としてETが活用された例である.最近の転位ダイナミクスの研究では理論計算が先行する傾向にあり,ETが転位ダイナミクスの実験的研究の手段として普及するためには,データ取得の簡便性や迅速性が課題であるとの指摘がある.32)3.2.1 転位に及ぼす薄膜化の影響一方,筆者らは転位のET観察の手法開発という立場から応用面の開拓に取り組んでいる.1つ目は転位密度の測定である.53),54)転位密度の測定には種々の方法があるが,電子顕微鏡を用いる利点は局所的な転位密度測定ができることにある.例えば,転位密度と一口に言っても,多結晶材料における結晶粒内と結晶粒界近傍および結晶粒界面上では転位密度が同じとは限らず,X線回折などでこれらの判別は一般に困難である.電子顕微鏡はこうした局所的な転位密度の不均一を明確に測定し得る方法と言える.さらに,電子顕微鏡による転位密度の測定では,通常は観察方向に投影された2D転位画像と試料厚みから転位密度を求めるが,この方法は試料厚み方向に沿って転位密度が均一であることを仮定したものであり,均一でなければ測定値に誤差が生じることになる.ETで転位を3D可視化すれば,そのような転位密度の不均一性も含めた測定が可能となる.図9 は,図4 のET観察で得た転位の3D画像データの直方体(a)を,xz 断面(b),xy 断面(c)およびyz 断面(d)でスライスし,それらの各断面(トモグラム:Tomogram)に写っている転位の数Ndを数え,スライス数(ith tomogram)の関数としてプロットしたものである.試料薄膜にほぼ垂直なxz 断面(a)およびyz 断面(d)では,Nd は5 ~ 35 の範囲で変動している.一方,試料薄膜にほぼ平行なxy 断面(c)のNdを見ると,10 ~ 80 スライス,すなわち試料内部のNdは他方向の断面と同程度の変動を示しつつ,ほぼ一定値を示している.しかし,0~ 10および80 ~ 105スライスの領域,すなわち試料表面近傍ではNdが明らかに減少している.これは,試料表面部での転位密度の低下を示すものであり,結晶内部領域でのNd の80 ~ 70%まで低下していることがわかる.γ-Feと同じくFCC構造を有し,弾性定数がγ-Feの約1/3であるAlの場合には,薄膜試料における転位密度の減少はγ-Fe よりもさらに試料内部から起こっていることがわかっている.さらに,置換型の合金元素を添加して固溶強化を図ったAl合金では,この転位密度の減少量が純Alに比べて小さくなることが判明している.薄膜化が転位に与えるその他の影響として,図10 に示すような転位の形態変化が観察された.α-Feと同じBCC構造を有するMo(弾性定数はα-Feの約1.5 倍)の薄膜試料表面(ほぼ(001))近傍での転位のET観察結果である.試料表面(Sample surface)に向かって転位線が曲がり,試料表面に対してほぼ垂直となっている.これは,試料表面と転位(の弾性ひずみ場)の間の引力的相互作用によって転位が曲がったものと考えられ,鏡像力(Mirror force)の影響として理解される.66)このように,TEMによる転位観察の問題として以前から指摘されてきた薄膜化の問題は,試料表面近傍での転位密度の低下および転位形態の変化という形で現れていることがわ図8 回折コントラストを用いたET観察のために開発した高傾斜3軸試料ホルダー.53),62)(Highangletriple-axis specimen holder developed for ETobservation using diffraction contrast.53),62))図9 ETにより3D可視化した転位の解析例.53)(Exampleanalysis of dislocations visualized in three dimensionsby ET.53))図4c の3D再構成画像におけるデータサイズ(a),xz 断面(b),xy 断面(c)およびyz断面(d)における転位の数Nd.