ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

ページ
60/80

このページは 日本結晶学会誌Vol57No3 の電子ブックに掲載されている60ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol57No3

篠田晃は至らなかった.タンパク質結晶がいかに繊細で,損傷を与えることなく固定することが難しいかを実感した.試行錯誤の末,最後にTetra-PEGゲルにいきついた.1)Tetra-PEGゲルは2液混合型のゲルで4分岐のPEG骨格の末端に官能基がついた構成をしている(本誌,155-162ページ参照).混ぜ合わせると自発的に結合する2種の官能基をそれぞれの末端に付けた2種のTetra-PEGゲル溶液を混合するとゲル化する.ゲル溶液の混合をタンパク質結晶の表面で行うことによりループに固定することができる.また,ゲルの骨格がPEGであることから,多くの結晶化溶液との相性は良いと考えられる.Tetra-PEGゲルは本来,pHによりゲル化の速度を調整することで均一性が高く高強度のゲルを作製するために作られた素材であった.1)しかし,本研究では瞬時に反応する官能基の組み合わせを選び,さらに促進剤により短時間でゲル化させている.そのため,ゲルの均一性と強度は本来のゲルに比べて低くなるが,結晶の固定には十分な強度がある.官能基の組み合わせとして反応条件が穏和2で反応時間が短いことで知られるクリック反応)を生じる組み合わせを採用した.片方の官能基にチオール基,他方の官能基にマレイミド基を利用し,塩基触媒としてTEMEDを使うことで反応を加速した.TEMEDはTetra-PEGゲルと同等のモル量を利用し,計算上は反応後にすべて消費されるようにした.さらに微小量のゲル溶液を混ぜ合わせることで短時間のうちにゲル溶液を混合でき,1秒以内でゲル化させることに成功した.結晶の固定後はループごと結晶を結晶化溶液に浸すことにより,ゲル内に残った溶液は速やかに結晶化溶液に置換されるため,固定後の結晶は安定した環境に戻る.こうして結晶固定に必要なゲル素材を決めることができたが,次に結晶の周りにゲル素材を塗布する手段を開発する必要があった.4.ゲル溶液の塗布方法結晶をゲルで固定するときに結晶へダメージを与えないためには,ゲルの量を結晶の固定に必要な強度を保てる範囲で最小限に抑える必要がある.しかし,粘性の高いゲル溶液を少量,しかも正確な量および正確な位置に,塗布することはとても難しい.少量の溶液を扱える電動シリンダー(電動ピペッター)では,ゲル溶液の吐出後もゲル溶液の粘性と表面張力のために吐出部先端からゲル溶液がなかなか離れない.さらに,ゲル溶液がピペッターの先端でゲル化することで電動ピペッターが詰まってしまうリスクが高い.そこでゲル溶液の扱いにはインクジェットを利用した.粘性の高い溶液でも吐出が可能である特殊なインクジェットを販売しているMicrojet社のインクジェット装置(IJK-200H)およびインクジェットヘッド(IJHD-100およびIJHD-300)を購入し,結晶固定に利用した.インクジェット装置で吐出するTetra-PEGゲルは骨格の長さが長いほうが,また濃度が濃いほうが短時間でゲル化するため結晶の固定には有利であるが,長い骨格や濃い濃度はゲル溶液の粘性の増加につながる.インクジェットで吐出可能な溶液の粘性には限度(利用したヘッドでは上限40 mPa・s)があるため,限度内でかつ最も結晶の固定に有利なゲル組成(PEG骨格の長さ100,濃度10%(w/v))を選択した.インクジェット装置を利用することで少量(約0.2 nl)のゲル溶液を1%以内の精度で任意の位置に塗布することが可能となった.また,インクジェットを用いたゲル溶液の塗布は非接触であることから溶液のコンタミネーションのリスクも解消された.さらに微量の液滴が瞬時に混合されるためゲル化がごく短時間で行えるようになった.しかし,結晶は小さいためインクジェットの照準に時間がかかり,作業の間に結晶がみるみる乾燥していってしまい致命的なダメージを受けていた.次に結晶の乾燥が進む前に自動で瞬時に結晶の認識を行い,インクジェットおよび結晶を所定の位置に移動させる必要があった.5.高速画像処理による結晶の認識結晶を固定するために結晶位置をインクジェットの先にもってくる工程は,開発の初期段階では顕微鏡を覗きながら手作業で行っていた.この作業は練習を重ねれば数十秒で行うことができるが,その数十秒の間に結晶の乾燥が進み致命的なダメージを受ける.また,作業者の練度によるばらつきも大きく誰もが安定して扱える装置とするためにはこの工程の自動化は必須である.自動化のために顕微鏡の代わりに顕微鏡CCDカメラを導入した.また,結晶およびインクジェットの位置も自動で動かすために回転モーターおよびXY軸ステージ,Z軸ステージを装置に導入した.これにより装置の機械構成上はCCDカメラからの映像を基に結晶の任意の位置にゲル溶液を塗布することが可能となり,次にCCDカメラからの画像の解析に取り組んだ.CCDカメラからの画像を解析する前にループと結晶が鮮明にカメラに映るように投光器の前に適切な拡散版を取り付けた(図3a,b).CCDカメラの画像には画像処理フィルター(明るさとコントラストの自動調整および閾値によるカットオフ)を通し,より鮮明な画像へ変換を行った(図3c).ループの三次元的な認識には,ループを360度回転させながらこの鮮明な画像を30度おきに撮影し,逆投影によりループの立体的なモデルを構築した(図3d~f).このとき,単純な逆投影では投影された像の周りがぼやけた像ができる(図3e).像のぼやけをCTなどの分野でよく使われるフィルター補正逆投影(Filtered back projection)を適用することでより鮮明200日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)