ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

インクジェットテクノロジーを利用して親水性ゲルで結晶をループに固定する技術図1親水性ゲルを用いた結晶固定装置.(System to anchorprotein crystal to a loop with hydrogel.)(a)開発した装置の模式図.結晶を保持したループは回転モーターに取り付けられた磁石にマウントする.回転モーターはXY軸ステージにより水平方向に自由に移動できる.インクジェットはZ軸ステージに取り付けられ,上下に自由に移動できる.(b)開発した装置の写真.問わずにタンパク質結晶を器具に固定し続ける方法はこれまでになかった.小さなタンパク質結晶に影響を与えることなく,結晶を治具に固定してロボットアームでの取り扱いを可能にすることは容易ではない.タンパク質結晶はわずかな物理的な衝撃や化学的な変化によって簡単に崩壊するためである.さらにタンパク質結晶の約50%(体積比)は,結晶化溶液によって占められているために,空気中にわずかな時間晒すだけでも結晶は速やかに乾燥して崩壊する.これらを防ぐために,すべての実験は穏やかな条件でかつ短時間に行う必要がある.本研究ではこのような条件を満たす固定素材を見つけ出すことが第1の課題であった.結晶を固定した後に化合物のソーキングを行うことから,固定素材はバッファーや化合物を自由に透過させる素材である必要がある.また,結晶への物理的な衝撃を与えないために柔軟な素材である必要がある.このことから固定素材には親水性のゲルが適していると考え,タンパク質結晶の固定に適した親水性ゲル素材の探索を行った.短時間でゲル化する代表的な親水性ゲル素材としてア日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)図2親水性ゲルでループに固定した結晶とリガンドソーキング.(Protein crystals anchored to a loop byusing hydrogel, and the result of ligand soaking.)(a)ゲルで固定したリゾチーム結晶の写真.(b)ゲルで固定したCesZ結晶の写真.(c)結晶(b)を溶液中で横から撮影した写真.結晶の周りに薄いゲルの層が見える.(結晶はHAMPTON社のIzitで青色に染色してある.)(d)ゲルで固定したリゾチームと電子密度(Fo-Fc).(e)ゲルで固定したリゾチーム結晶にp-トルエンスルホン酸をソーキングした.電子密度(Fo-Fc)からソーキングした化合物がはっきりとわかる.編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.ルギン酸ナトリウムが広く知られている.アルギン酸ナトリウムは高濃度のカルシウムイオンの存在下で瞬時にゲル化する.しかし,高濃度のカルシウムイオンの存在が結晶によっては悪影響を与えることと,ゲルの強度がタンパク質結晶のループへの固定には十分ではないため本研究の用途には適さない.アルギン酸ナトリウム以外にもさまざまな親水性ゲルが存在するが,短時間にゲル化する素材のほとんどはアガロースゲルやアクリルアミドゲルに代表されるように,高温や高濃度のラジカルを必要とする.しかし,熱やラジカルはタンパク質結晶に深刻なダメージを与えるため利用できない.ゲル素材に必要なゲル化時間の短さとゲル強度とタンパク質結晶にダメージを与えない穏やかな反応条件を同時に満たすという,厳しい必要条件のため,1年以上ゲル素材の検討を重ねたが適したゲル素材がまったく見つからない日々が続いた.その間,ゲル素材の探索のみならずほかの手法の検討も行っている.タンパク質結晶の周りに保護用の素材を配置してゲルから守る手法や,微小量のゲル溶液を瞬間的に加熱と冷却を行うことで結晶にあまり熱を伝えずに必要な量のゲル溶液をループ上でゲル化させる手法などさまざまな手法を専用の装置開発とともに試したが,どの手法も安定した結晶の固定に199