ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

日本結晶学会誌57,198-202(2015)最近の研究からインクジェットテクノロジーを利用して親水性ゲルで結晶をループに固定する技術北海道大学大学院先端生命科学研究院篠田晃Akira SHINODA: A Method to Anchor Protein Crystal to a Loop with Hydrogel UsingInkjet TechnologyX-ray crystallography is an important technique for structure-based drug discovery, mainlybecause it is the only technique that can reveal whether a ligand binds to the target protein as wellas where and how it binds. However, ligand screening by X-ray crystallography involves a crystalsoaking experiment, which is usually performed manual. Thus, the throughput is not satisfactoryfor screening large numbers of candidate ligands. In this study, we developed a technique to anchorprotein crystals to mounting loops by using gel and inkjet technology; the method allows soaking ofthe mounted crystals in ligand-containing solution. This new technique may assist in designing a fullyautomated drug screening pipeline.1.はじめにX線結晶構造解析においてタンパク質結晶のハンドリングは困難な課題の1つである.タンパク質結晶は小さいうえ壊れやすいため,これまでは練習を積んだ研究者が手作業で扱ってきた.タンパク質結晶を機械が扱うことを可能にする技術の開発は,X線結晶構造解析のさらなる自動化を後押しする.特に創薬候補化合物のハイスループットスクリーニングにおいては強力なツールとなる.創薬においてタンパク質の活性を阻害または促進する化合物の設計は,X線結晶構造解析で求められる立体構造情報を利用することで効率的に進めることができる.その過程では候補化合物の結合したタンパク質結晶のX線回折データ測定を行い,化合物とタンパク質の結合状態を見ながら化合物の改良と測定を何度も繰り返し行う.これにより創薬候補となりうるリガンド化合物を得る.しかし,放射光施設の発展によりX線回折データを分単位で収集できるようになったが,結晶にリガンド候補化合物を結合させる実験(通称ソーキング実験)はいまだ手作業で行われており,このため数十万を超えるような多種類のリガンド候補化合物のX線によるスクリーニングは実現していない.本研究では,X線回折実験に使われる0.1 mmサイズのタンパク質結晶を親水性ゲルによりループに固定する技術を開発した.これにより溶液中でも結晶を治具に保持したまま扱うことが可能となり,ソーキング実験を自動化する道が開けた.2.開発した結晶固定方法の概要開発した装置はループを保持する磁石,磁石を回転させるモーターおよび並進させるXYステージ,インクジェット装置,インクジェットヘッドを上下させるZ軸ステージ,結晶およびループを認識するための顕微鏡CCDカメラからなる(図1).利用者が結晶のついたループを磁石にマウントすると,装置は顕微鏡CCDカメラの画像から画像処理ソフトウェアで結晶の三次元形状および位置を瞬時に求め,インクジェット装置を用いて結晶固定素材(約0.2 nlのゲル溶液)を最適な位置に吐出する.高速な認識および制御システムと,瞬時にゲル化する2液混合型の親水性ゲルの組み合わせにより,タンパク質結晶に損傷を与えることなく安定してタンパク質結晶を固定することに成功した.この装置を利用してこれまでに5種類以上のタンパク質結晶の固定を行った(図2).また,トリプシンとリゾチーム結晶については,既知の阻害剤を使ったソーキング実験にも成功した.これより以降,本装置の開発に利用した技術についてより詳しく解説する.3.結晶を固定する素材回折データ測定には,通常,直径20μm程度の細いナイロン素材で作られたループがピンの先端に取り付けられた器具(通称ループ)を用いる.ループで結晶を結晶化溶液ごとすくいとり,溶媒の表面張力により結晶をループに保持して扱っている.しかし,表面張力による固定法はバッファー中では使えない.ソーキング実験の自動化に必要な,空気中でもバッファー中でも環境を198日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)