ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

藤岡優子,野田展生図2 TORによるAtg1複合体の制御.(Regulation of theAtg1 complex by TOR.)サーであるTORの活性の低下により脱リン酸化状態になったAtg13と,さらにAtg13に結合するAtg1が結合することによってAtg1複合体(Atg1-Atg13-Atg17-Atg29-Atg31複合体,哺乳類では,ULK1複合体)を構築する.5)Atg1複合体は下流のAtg因子群を呼び寄せる足場となり,PASが構築されることでオートファゴソーム形成が進行していく(図2).これらの相互作用はAtg1のもつキナーゼ活性を上昇させるが,キナーゼ活性もオートファジーの始動において必須であることがわかっている.7)しかしながら,これまでAtg13を介したAtg1複合体の形成の構造基盤は明らかにされておらず,これらのタンパク質がどのような相互作用により結合し,それらがリン酸化によりどのように制御されているのかは不明であった.本稿では,筆者らが行ったAtg1-Atg13複合体およびAtg13-Atg17-Atg29-Atg31複合体のX線結晶構造解析を中心に,Atg1複合体に関する最新の構造生物学的知見について解説する.また,質量分析法により網羅的に同定したAtg13の飢餓依存的脱リン酸化部位の情報,および得られた立体構造情報に基づいて行ったin vivoとinvitroにおける変異体解析についても解説し,Atg13の脱リン酸化がどのようにAtg1およびAtg17との結合を制御し,PASの構築をひき起こすのかを構造生物学的観点から紹介したい.2.Atg17-Atg29-Atg31複合体の構造2012年,RagusaらによってAtg17-Atg29-Atg31複合体のX線結晶構造が明らかになった.8)Ragusaらは当初,出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeに由来する遺伝子を用いてタンパク質の結晶化を行ったが失敗に終わり,次に近縁の酵母であるKluyveromyces lactisに由来する遺伝子を用いた結果,結晶を得ることには成功したものの,構造解析に耐えるデータは得られなかった.そこで最終的に耐熱性の酵母Lachancea thermotoleransに由来する遺伝子を用い,良好な結晶を得て分解能3.05Aの結晶図3 Atg17複合体の結晶構造.(Crystal structure of Atg17comlex.)A:Atg17-Atg29-Atg31複合体の結晶構造(PDB 4HPQ).B:Atg29-Atg31部分の拡大図.C:Atg17-Atg13 17BR間相互作用の拡大図(PDB 4P1W).構造を得た.8)実は筆者らも同様な経緯で別の耐熱性酵母Kluyveromyces marxianusに由来する遺伝子を用いてタンパク質の結晶化を行っていたが結晶は得られていなかった.結晶構造解析にはより多くの種を試すのが非常に重要であると改めて痛感した出来事であった.Atg17は4本のaへリックスからなる弓形の構造をとっており,C末端でホモ2量体化し特徴的なS字構造を形成していた(図3A).この構造は弓型の構造を用いて膜と結合するBARドメインとの類似性を暗示するものであったが,膜と結合すると考えられる凹面にはAtg29-Atg31が結合していた.Atg31はC末端に1本のaへリックスをもち,このaへリックスでAtg17の3本のaへリックスと4ヘリックスバンドルを形成していた.Atg29はN末端に1本のbストランドをもち,Atg31の7本のbストランドとともにbサンドイッチ構造を形成していた(図3B).つまりAtg17-Atg29-Atg31複合体は互いにその構造を安定しあう強固な複合体を形成していた.Atg29のbストランドのC末端側には3ヘリックスバンドルが形成されており,残りは天然変性領域であった.この天然変性領域はオートファジーには不要であり,むしろ阻害的な働きをしているという報告があるが,9)その詳細は明らかとなっていない.Atg17-Atg29-Atg31複合体は電子顕微鏡による単粒子解析によってもその構造が解析されている.9),10)電子顕微鏡像でもAtg17-Atg29-Atg31複合体はX線結晶構造と同じ2量体化によるS字構造をとるが,Atg17単独ではS字構造以外の形状をとる頻度が上昇する.Atg29-Atg31は,意義は不明であるが,Atg17に結合することでAtg17をS字構造に固定する役割を担っているようである.S字構造の意義については,2つの凹領域にオートファゴソームの最初の原料と考えられているAtg9小胞(膜タンパク質Atg9が組み込まれた膜小胞)を2つ結合192日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)