ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

概要

日本結晶学会誌Vol57No3

結晶構造解析による光誘起結晶－融解相転移現象の解明3．結晶構造観察に基づくPCMTの原理解明図5 Trans/trans-1のパッキング変化とπ…π相互作用．（Packing alternation andπ…πinteractions of trans/trans-1.）（a）全温度のtrans/trans-1のパッキングモチーフの重ね描き．（b）π…π相互作用評価のためのパラメータ定義．Reprinted with permissionfrom J. Am. Chem. Soc. 136, 9158（2014）. Copyright（2014）American Chemical Society.体部分はπ共役の効果で剛直であるため，π…π相互作用の形成は熱運動の影響をほとんど受けない．そのため，240 Kと293 Kではtrans/trans-1中のアゾベンゼン2量体部分がアルキル…アルキル相互作用やアルキル…π相互作用を代替するために自己集合し，一次元のπ…π相互作用ネットワークが形成されたと考えられる．以上の議論から，長鎖アルコキシ基の熱運動の影響で室温近傍のtrans/trans-1の結晶中では，アゾベンゼン2量体部分が自己集合した一次元のπ…π相互作用ネットワークと，熱運動によって構造的に乱れた長鎖アルコキシル基が共存した結晶構造であることがわかった．日本結晶学会誌第57巻第3号（2015）Trans/trans-1の結晶構造の特徴に基づいてPCMTの詳細を検討するために，単結晶X線回折実験と同じ温度条件で紫外光照射下粉末X線回折実験を行った．試料の深さ方向におけるPCMTを十分に進行させるために，粉末試料はスピンコート法を用いてガラス基板上に厚さ1μm以下に調整した．収集した粉末X線回折データの_うち，強度が最も強い011反射（293 Kでは最小単位格子が変わるため，001反射に帰属される）の各温度での経時変化を図6に示す．240 Kおよび293 Kでは，紫外光の_照射によって011（あるいは001）反射の強度が著しく減少した．これはtrans/trans-1が光異性化を起こし結晶性が喪失したことを示している．一方，2θ～2.1°付近に新たにBragg反射が現れていた．この反射は，trans/trans-1が十分にcis/cis-1に光異性化しPCMTを起こした後，融10解相からcis/cis-1の結晶相が成長）し反射を起こしていることを示している．これらの結果から，240 Kと293 Kでtrans/trans-1はPCMTを起こしていることが確認できる．また，紫外光照射から1時間経過してもtrans/trans-1からの反射は残存しているが，これは光異性化反応で生成したcis/cis-1が紫外光を吸収するため薄膜試料中の深部までは励起光が到達しない10）ことを反映している．293 Kでの光照射前後の反射強度比を計算すると，試料中で15％程度の初期結晶相が残存していると見積もれるが，同程度の膜厚の薄膜状trans/trans-1試料を用いた分光実験の結果では20％程度の初期結晶相の残存が報10告）されており，PCMTの進行度がおおむね一致していることが確認できた．一方，90，140，190 Kでは反射強度の減少が見られ，試料の結晶性喪失が確認されたものの，240 Kや293 Kで観察されたようなcis/cis-1の結晶相成長による新しいBragg反射は観察されず，PMCTが起こらないことがわかった．PCMTを伴わない結晶性の喪失は，trans/trans-1の光異性化は試料の表面や格子欠陥付近でのみ進行し，これらの領域が非晶質化（等方相であるものの，融解していない状態）していることを示唆している．以上の結果と結晶構造の温度依存性の比較から，trans/trans-1がPCMTを起こすには，結晶中における熱運動した長鎖アルコキシ基部分の等方的に乱れた構造と，アゾベンゼン2量体によるπ…π相互作用ネットワークの形成が必要であることがわかった．次に，PCMTの詳細なメカニズムについて結晶構造に基づき考察を行った．報告されているアゾベンゼン2量体のtrans体およびcis体のコンフォメーション16）とtrans/trans-1の結晶構造を検討すると，すべての測定温度においてtrans/trans-1の結晶中でアゾベンゼン近傍にはtranscis光異性化反応を許容する空間が存在していないことがわかる．そのため，trans/trans-1の光異性化反応は結晶181