ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

星野学2.Trans/trans-1の結晶構造の温度依存性2.1長鎖アルコキシ基の熱運動の観察放射光X線回折実験は,KEK PF-ARのNW14Aにて行った.NW14Aにおける単結晶X線回折実験装置の詳13),14細は文献)を参照されたい.長鎖アルコキシ基の熱運動を調べるためには,低温から室温まで温度を変化させながらX線回折データの収集を行い,分子構造・結晶構造の温度依存性を調べることが有効である.そこで,90,140,190,240,293 Kの温度条件で単結晶X線構造解析を行い,各温度での分子構造・結晶構造の比較を行った.放射光からの高輝度X線の寄与により,90 Kから240 Kでは分解能d=0.7 A程度まで回折データを収集することに成功した.また,293 Kでも分解能d=1.0 Aを超える回折データの収集に成功し,問題なく単結晶X線構造解析を行うことができた.構造解析から得られたtrans/trans-1のORTEP図を図4に示す.90 Kからの昇温過程において,190 Kまではtrans/trans-1の分子構造はほとんど変化していないことがわかる.しかし240 Kでは2本の長鎖アルコキシ基の末端付近のコンフォメーション変化を示す乱れ構造が現れ,293 Kの室温近傍ではすべての長鎖アルコキシ基において末端に近づくにつれて炭素原子の熱異方性楕円体が顕著に大きくなる様子が確認された.293 Kから再度90 Kに冷却すると図4中90 KのORTEP図が再現されたことから,昇温に伴い観図4全測定温度でのtrans/trans-1のORTEP図.(ORTEPdiagrams of trans/trans-1 at all measured temperature.)Reprinted with permission from J. Am. Chem. Soc. 136,9158(2014). Copyright(2014)American Chemical Society.察された長鎖アルコキシ基の構造変化は可逆的な熱的変化であることが確認できた.2.2アゾベンゼン2量体部分の自己集合結晶構造の温度依存性を調べるために,構造解析から得られた90,140,190,240,293 Kにおけるtrans/trans-1の結晶中のパッキングの比較を行った.Trans/trans-1の結晶のパッキングモチーフとして近接する4分子に注目して,すべての測定温度での構造を重ね描き(図5a)したところ,90 Kから190 Kでは結晶構造が保持されており,240 Kと293 Kでは長鎖アルコキシ基の構造変化だけでなく結晶のパッキングにも変化が現れていることがわかった.観察されたパッキング変化について,結晶中のπ…π相互作用に注目して考察を行った.結晶構造の観察から,trans/trans-1の結晶中には図5a中でPh1とPh2で表記した2種類のベンゼン環が,それぞれ対称心で関係付けられたベンゼン環とπ…π相互作用していることがわかった.上記2つのπ…π相互作用の強さについては,図5bに示すR1とR2の2つのパラメータ15)から評価した.Ph2どうしのR1とR2はすべての測定温度においてそれぞれ約3.7 Aと約3.1 Aであり,理論計算を用いたπ…π15相互作用エネルギーの報告例)を参考にすると,Ph2どうしのπ…π相互作用エネルギーは1.2~1.4 kcal mol-1程度であると見積もれる.対照的に,Ph1どうしのR1とR2には顕著な温度依存性が観察された.90 Kから190 KまではR1が約3.7 AであるがR2が約6.0 Aと離れており,15理論計算結果)との比較から上記の温度条件でのπ…π相互作用エネルギーは0.2 kcal mol-1程度の非常に弱い相互作用であると考えられる.一方で,240 KではR1~3.6 A,R2~4.0 A,293 KではR1~3.2 A,R2~3.7 Aと短くなっていることからπ…π相互作用が強くなっており,特に293 Kの室温近傍では2つのπ…π相互作用が同程度の強さをもっていることがわかる.上記のπ…π相互作用の温度依存性について,結晶全体の分子間相互作用に注目してさらに考察を行った.Trans/trans-1の結晶中には,おおまかに分類してアルキル…アルキル相互作用,アルキル…π相互作用,π…π相互作用の3種類の分子間相互作用が働いている.先述のように,90,140,190 Kにおいては長鎖アルコキシ基の熱運動は十分に抑制されている.そのため,上記3種類の相互作用が結晶の格子エネルギーを最小化させるように有意に働く.90,140,190 KにおいてPh1どうしのπ…π相互作用エネルギーが非常に小さい理由は,ほかのアルキル…アルキル相互作用やアルキル…π相互作用が形成されるほうが格子エネルギー最小化には有利であるためと考えられる.一方,240 Kと293 Kにおいては長鎖アルコキシ基の熱運動が大きいため,安定したアルキル…アルキル相互作用やアルキル…π相互作用の形成が困難になる.一方で,trans/trans-1中のアゾベンゼン2量180日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)