ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

結晶構造解析による光誘起結晶-融解相転移現象の解明安定相への転移として分類される.試料の多結晶化を伴うため,転移後の結晶構造を単結晶X線構造解析で調べることは困難であるが,転移前の結晶相における反応部位とその周辺空間を単結晶X線構造解析で詳細に観察し,転移過程を粉末X線回折実験で追跡することで,転移の詳細を調べることができる.5)-7)また,転移後の粉末X線回折データから構造解析を行い,転移に伴う結晶構造変化を調べることも可能である.8)上記に分類される3つの相転移はX線回折を用いて構造変化の詳細を調べることが可能であるが,固相光反応によって等方相に転移する相転移については,構造的特徴を調べることが特に困難になる.等方相への転移の構造学的研究の困難さを明確にするために,この転移現象を光誘起結晶-融解相転移(Photoinduced Crystal-Melt Transition,PCMT)と換言して,PCMTを示す物質の特徴について説明する.固体物質の成形・加工には物質を融解させることが一般的であり,通常は加熱や加圧により物質を融解させる.PCMTは光の照射のみで物質を融解させることが可能であり,加熱・加圧に比べて簡便である.また,光を集光することで物質中の特定の部分のみを融解させることも可能であり,固体材料の微細加工および半導体や基盤のフォトリソグラフィへの応用が期待できる.液晶相から融解相への光誘起相転移現9象は以前から報告例)があるが,PCMTは三次元的周期構造をもつ結晶相から融解した等方相へと劇的な周期構造変化を起こす相転移現象として,近年注目されている.10),11)PCMTを起こす物質の分子設計について,アゾベンゼン2量体を含む物質(1,図2a)10)を例にして解説する.アゾベンゼンはtrans体では平面構造であるが,紫外光の照射によって屈曲したcis体に異性化する(図3).1はこの構造的特徴を利用して,trans体の2量体(trans/trans-1)の平面性とπ電子によるπ…πスタッキングにより三次元的な周期構造を構築し,この2量体分子をcis体(cis/cis-1)の屈曲構造へ光異性化させることでスタッキングによる周期構造を崩す(PCMTを起こす)ことを目的に設計されている(図3).アゾベンゼンの光異性化を利用した光誘起相転移現象はいくつか報告されているが,多くの場合が多結晶化を伴う同一準安定相ないし新規安定相への転移である.5)この原因として,trans-cis光異性化による大きな構造変化は結晶相に対する機械的な負荷が大きいことが考えられる.このtrans-cis光異性化による機械的負荷の軽減を目的にして,1には熱運動性の高い長鎖アルコキシ基が導入されている.実際にtrans/trans-1の単結晶に紫外光を照射した写真を図2b,cに示す.室温条件下で紫外光照射開始から速やかに融解が起こり,30秒程度で照射範囲のPCMTが完了することを確認している.このtrans/trans-1のPCMTの詳細を調べるためには,日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)図2 Trans/trans-1のPCMT.(PCMT of trans/trans-1.)Trans/trans-1の分子構造(a)と,紫外光照射前(b)および後(c)の顕微鏡上の結晶の写真.図中の点線の範囲に紫外光を照射している.Reprinted withpermission from J. Am. Chem. Soc. 136, 9158(2014).Copyright(2014)American Chemical Society.図3期待されるtrans/trans-1のPCMTのメカニズム.(Expected mechanism of PCMT of trans/trans-1.)アゾベンゼンは光異性化によって平面構造のtrans体から屈曲構造のcis体に異性化する.Trans/trans-1はこの異性化に伴う構造変化を利用して,異性化反応前の結晶のスタッキング構造を崩してPCMTを起こすことを狙いにして設計されている.単結晶X線構造解析からアゾベンゼン部分のπ…πスタッキング,反応に必要な周辺空間の様子,長鎖アルコキシ基の熱運動と構造の関係など,詳細な結晶構造の情報を得ることが必要である.しかし,報告されているtrans/trans-1の粉末X線回折データ10)は,低角領域のいくつかの回折ピークのみが有意な回折強度をもち,回折角が増すにつれて急激に回折強度が減少している.このデータは,trans/trans-1の結晶中にはPCMTの発現に寄与する長鎖アルコキシ基の熱的な乱れ構造が含まれていることを示唆しているが,十分な強度をもつ高角領域データの不足によって単結晶X線構造解析が困難であることも同時に示している.そこで筆者らはtrans/trans-1の結晶について,結晶構造解析に必要な強度と分解能の回折データを収集するために,放射光X線を利用した単結晶X線回折実験を行い,trans/trans-1の結晶構造中におけるアゾベンゼン部分のスタッキングと長鎖アルコキシ基の熱運動の観察に成功した.加えて放射光粉末X線回折実験を紫外光照射下で行い,PCMTを発現する結晶構造の特徴について解明した.12)本稿では,その詳細について解説する.179