ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

粉末未知結晶構造解析法により展開する物質科学起こすものの水素結合が形成できないため,水が激しく乱れて存在していることを示唆している.このような構造の特徴により無水和物結晶Ⅱは非化学量論的な水和・脱水挙動を示していた.エリスロマイシンAの例では,粉末未知結晶構造解析法によって,医薬品原薬の水和・脱水挙動を結晶構造の情報に基づき明らかにすることができた.有機低分子の水和・脱水挙動については,いまだ詳細がわかっていないことが多い.エリスロマイシンAの例では,水和・脱水の化学量論性に大きな違いがある2つの無水和物結晶多形が得られ,結晶構造内に存在する空洞の環境によって水和・脱水挙動が大きく変化することを明らかにした.今後のさらなる研究によって脱水・水和挙動の系統的な解明が期待される.4.メカノケミカル反応による有機金属フレームワークの形成とその構造解析13)図5エリスロマイシンA(a)二水和物結晶,(b)無水和物結晶Ⅰ,(c)無水和物結晶Ⅱの結晶構造.(Crystal structures of erythromycin A(a)dihydrate,(b)anhydrous phase I and(c)anhydrous phase II.)距離や角度から考えると二水和物結晶の方が理想的な水素結合を形成している.空洞は明らかに水素結合形成能がある置換基の周囲に存在しており,この空洞は親水性の空洞であるとみなせる.無水和物結晶Ⅰが容易に水を取り込み二水和物結晶へと転移することは,この親水性の空洞が存在するためと言える.一方,無水和物結晶Ⅱは二水和物結晶や無水和物結晶Ⅰとは大きく異なる結晶構造であった(図5c).無水和物結晶Ⅱ内では,エリスロマイシンA分子が水素結合によって四量体を形成し,その周囲に空洞が存在していた.この空洞の周囲には水素結合能のある置換基がなく,疎水性の置換基に囲まれていた.つまり無水和物結晶Ⅱは,疎水性の空洞をもっている.空洞は独立に4つ存在し,それぞれ48,24,22,17 A 3の体積をもっていた.これは水分子を取り込むには十分な大きさである.しかし疎水性の空洞であるため,水分子が取り込まれても水素結合による安定化は見込めない.そのため湿度に応じて非化学量論的に水和・脱水を起こすと考えられる.高湿度(相対湿度98%)における回折データに基づき水分子を配置した構造解析も試みたが,水分子の位置を特定することはできなかった.また,図4に示したとおり,水和量の変化に対する粉末X線回折パターンの変化はとても小さい.この結果は無水和物結晶Ⅱが水和を日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)固体中で起こる化学反応は,分子の動きに制限があるため,溶液とは異なる反応生成物や高い選択性を達成できることがあり,古くより広く研究されてきた.結晶中で進行する化学反応は,結晶転移と同様に単結晶の崩壊を伴って進行することが多々あり,反応直後の結晶構造を直接調べることが難しいことがある.このような場合にも,反応後の構造を粉末未知結晶構造解析法によって直接明らかにすることで,反応のメカニズムを知ることができる.固体同士の物理的な粉砕・混合で化学反応を起こさせるメカノケミストリーも固相反応の一種で,近年非常に注目を集めている分野である.23)本稿では,メカノケミカル反応によって三次元の有機金属フレームワーク物質を合成し,その生成物を粉末未知結晶構造解析によって明らかにした例について紹介する.酢酸亜鉛と4,4’-ビピリジン,フマル酸の結晶を2:2:1のモル比で秤量したものを無溶媒条件で震とう型のボールミルにて20分粉砕・混合すると反応が起こることを見出した.粉末X線回折パターン(図6)を調べてみると,原料の回折線が消え,新しい回折パターンに変化していることがわかる.この反応生成物は,熱分析や固体NMR測定によって酢酸や水(原料に含まれている)を取り込んだ物質(Zn-M酢酸-水和物)であることがわかった.酢酸や水の取り込まれる量は,合成の細かい条件によって変化し,最も多い場合はそれぞれ約2分子が取り込まれていた.SEM観察により,反応生成物は0.1~0.5μm程度の結晶であることがわかったため,粉末未知結晶構造解析によりその構造を明らかにすることにした.反応生成物は,不定量の溶媒を含むことから,150℃にて加熱し脱溶媒したZn-Mについて構造解析を行った.このZn-MはZn-M酢酸-水和物と粉末X線回折パターンがほとんど同じであり,基本的な構造は同じであると考え173