ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

藤井孝太郎図3エリスロマイシンA(a)無水和物結晶Ⅰと(b)無水和物結晶Ⅱの25℃における水蒸気吸着等温線.(Dynamic vapor sorption plot of erythromycin Aanhydrous phases(a)I and(b)II at 25℃.)図4種々の湿度における無水和物結晶Ⅱの粉末X線回折パターン.(Powder X-ray diffraction patterns ofthe erythromycin A anhydrous phase II under differentrelative humidity conditions.)水の吸着量は1.3分子と化学量論的な数値ではなかった.以上の結果から,無水和物結晶Ⅱは,非化学量論的な水和・脱水を起こすと言える.このように,同じ分子からなる2つの無水和物結晶が,一方は化学量論的な水和・脱水を起こし,一方は非化学量論的な水和・脱水を起こすというとても興味深い系であることがわかった.なぜ水和・脱水についてこのような化学量論性の違いが出たのかを調べるために,無水和物結晶ⅠとⅡの結晶構造を粉末X線回折データから解析した.無水和物結晶Ⅰは,DVSの結果からもわかるとおり,湿度存在下で容易に二水和物へと転移する.そのためキャピラリーに充填した二水和物結晶を100℃に加熱することで無水和物結晶Ⅰを調製し,そのまま回折測定を行った.測定は,SPring-8BL02B2にある大型デバイ-シェラーカメラにて波長0.998649(5)Aを用いて実施した.一方,無水和物結晶Ⅱも湿度変化に応じて水和数が変化するため工夫が必要であった.あらかじめ加熱によって得られた無水和物結晶Ⅱをガラスキャピラリーに充填し,距離をおいてフッ化セシウムを充填・密封することで,キャピラリー内を相対湿度3%になるよう調整した.測定はPF BL4B2にある検出器多連装型回折計にて波長1.196175(6)Aを用いて実施した.また,高湿度条件での測定のため,飽和硫酸バリウム(BaSO 4)水溶液とともに封入し,相対湿度を98%に調整した条件でも無水和物結晶Ⅱの回折測定を実施した.構造解析は指数付けにプログラムDICVOL04,16)積分回折強度の抽出とシミュレーテッドアニーリング法による構造決定にプログラムDASH,17)リートベルト法18)による構造精密化をGSAS 19)にて進めた.エリスロマイシンAは比較的大きく,マクロライド環という配座が変化しうる構造をもつ分子である.ケンブリッジ結晶構造データベースを調べたところ,マクロライド環を有する類縁化合物の配座は,すべて同じであることがわかった.15),20)-22)そのため構造決定の段階では,環の配座を固定し,分子の並進と配向,ねじれ角の自由度のみ決定した.構造解析の過程で無水和物結晶Ⅱは独立2分子であることがわかった.2つの分子の並進・配向およびねじれ角の自由度を足し合わせると26の自由度があり,これまで報告されてきた粉末未知結晶構造解析の中でも比較的自由度の高い構造であった.しかし,並列計算により二日程度で正しい結晶構造を決定することができ,現在の粉末未知結晶構造解析がそれなりの自由度をもつ分子にも適用できることを示す結果となっている.解析で得られた結晶構造を図5に示す.二水和物結15晶)は,2つの独立な水分子を含んでおり,a軸に沿って配列した水のチャンネル構造を形成している(図5a).この構造から水が脱離した無水和物結晶Ⅰの結晶構造は,二水和物に似た分子配列をもっていることがわかった(図5b).脱水しているため水は存在しないが,それ以外の構造はおおむね保たれている.無水和物結晶Ⅰには,2つの独立な空洞が存在し,二水和物結晶内で水分子が存在していた位置に対応していた.この空洞は,それぞれ10,15 A 3程度の体積を有しており,二水和物結晶で水が専有していた体積より小さくなっていたことから,脱水に伴い空洞を埋めるような構造の緩和が起きていることがわかった.二水和物結晶中で,水分子はエリスロマイシンA分子と水素結合を形成している.無水和物結晶Ⅰでは,脱水によりエリスロマイシンA分子同士が直接水素結合するように変化していたが,水素結合の172日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)