ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

粉末未知結晶構造解析法により展開する物質科学合う自由度の組み合わせを広域的最適化法により決定する方法である.この方法により単結晶よりも情報の少ない粉末回折データから未知の結晶構造を決定することを可能にしている.また,同時期には放射光や高分解能の実験室系粉末X線回折計が利用できるようになり,計算機の能力が大幅に向上したことも相まって,粉末未知結晶構造解析の可能性が一気に広がった.解析手法の発展や現状については,2011年の日本結晶学会誌に掲載された連載企画を参照していただきたい.3)筆者は,これまで粉末未知結晶構造解析法を活かした物質科学研究を進めてきた.単結晶が得られない場合は当然のこと,単結晶の崩壊を伴う“結晶の示す現象”を結晶構造の変化として明らかにしてきた.単結晶化が困4難なペプチドの構造解析)や相転移における結晶構造変化の解明,5)結晶中で進行する光化学反応の解明,6)医薬品原薬の脱水・水和転移挙動の解明,7)-9)溶媒蒸気による結晶の転移現象の解明,10)-12)固体同士を混合して進行するメカノケミカル反応の解明,13)新規構造をもつ新しい14酸化物イオン伝導体材料の開発)など粉末未知結晶構造解析によってさまざまな物質科学を展開することができた.本稿では代表的な例として,医薬品原薬エリスロマイシンAの脱水・水和転移現象,固体同士を混合して進行するメカノケミカル反応,新規構造をもつ新しい酸化物イオン伝導体材料の開発について詳細を紹介する.3.医薬品原薬エリスロマイシンAの脱水・水和転移現象9)図1図2エリスロマイシンAの分子式.(Molecular formulaof erythromycin A.)エリスロマイシンA二水和物の粉末X線回折(XRD),示差走査熱分析(DSC)同時測定の結果.(Simultaneous powder X-ray diffraction(XRD)anddifferential scanning calorimetry(DSC)measurementof erythromycin A dihydrate.)左側がXRDを示しており,右側に対応するDSCを描いている.多くの医薬品化合物には,同一化合物で異なる結晶構造を有する多形や水和物が存在しており,溶出速度や安定性といった医薬品として利用するうえで重要な物性に違いが出る.そのため,望ましい結晶相を調製することや,その安定性などを理解することが求められている.特に,医薬品化合物の三割は水和物として結晶化すると言われており,脱水・水和といった結晶転移については幅広く研究されている.しかしながら,このような結晶転移は,単結晶の崩壊を伴って進行することが多く,その結晶構造を単結晶法によって調べることが難しい.このような状況で,粉末未知結晶構造解析は,非常に強力な手法となり,筆者はこれまでいくつかの医薬品原薬化合物の結晶転移現象を明らかにすることに成功している.7)-9)なかでも興味深い例が,マクロライド系の抗生物質エリスロマイシンA(図1)が示す脱水・水和挙動である.エリスロマイシンAは1分子当たり2つの結晶水を含ん15だ二水和物(以下,二水和物結晶)の結晶構造)が知られており,脱水による回折パターンの変化が小さいことが報告されていた.しかし,その詳細な転移挙動や構造に関して明らかにされていなかった.そこでまず,二水和物結晶の相変化を調べるため,粉末X線回折データと日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)示差走査熱分析(DSC)の同時測定を行った(図2).その結果,二水和物結晶は,約90℃で無水和物結晶Ⅰに転移し,その後融解を経て再結晶を起こし無水和物結晶Ⅱになることがわかった.多形である2つの異なる無水和物が得られたので,それぞれの水和・脱水挙動を調べるために,水蒸気吸着(DVS)測定を25℃で行った(図3).無水和物ⅠのDVS(図3a)は水和過程において相対湿度5%で水2分子に相当する質量増加を起こし,二水和物結晶に水和転移することが明らかになった.粉末X線回折測定により,元の二水和物と同じものであることを確認している.二水和物結晶は,相対湿度5~95%の領域では有意な質量の変化を起こさず構造を保っており,相対湿度を0%にすると無水和物Iになることがわかった.水がない無水和物結晶Iと水が2分子取り込まれた二水和物結晶の間で水和・脱水転移が起きることから,化学量論的な水和・脱水と言える.一方,無水和物結晶ⅡのDVS(図3b)は,湿度の変化に比例して連続的に質量が変化することが明らかとなった.湿度を変化させて粉末X線回折パターンを測定したところ,図4に示したとおり変化がほとんどないことがわかった.DVSで測定した相対湿度95%での171