ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

ページ
30/80

このページは 日本結晶学会誌Vol57No3 の電子ブックに掲載されている30ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol57No3

日本結晶学会誌57,170-177(2015)総合報告(学会賞受賞論文)粉末未知結晶構造解析法により展開する物質科学東京工業大学大学院理工学研究科物質科学専攻藤井孝太郎Kotaro FUJII: Development of Materials Science by Ab Initio Powder Diffraction AnalysisCrystal structure is most important information to understand properties and behavior of targetmaterials. Technique to analyze unknown crystal structures from powder diffraction data(abinitio powder diffraction analysis)enables us to reveal crystal structures of target materials evenwe cannot obtain a single crystal. In the present article, three examples are introduced to show thepower of this technique in the field of materials sciences. The first example is dehydration/hydrationof the pharmaceutically relevant material erythrocycin A. In this example, crystal structures of twoanhydrous phases were determined from synchrotron X-ray powder diffraction data and their differentdehydration/hydration properties were understood from the crystal structures. In the second example,a crystal structure of a three dimensional metal-organic-framework prepared by a mechanochemicalreaction was determined from laboratory X-ray powder diffraction data and the reaction schemehas been revealed. In the third example, a crystal structure of a novel oxide-ion conductor of a newstructure family was determined from synchrotron X-ray and neutron powder diffraction data whichgave an important information to understand the mechanism of the oxide-ion conduction.1.はじめに科学において重要な目標の1つは,物質を自由に設計・制御し,利用することである.そのためには物質の性質や成り立ちを理解する必要があり,物質の構造情報は,その最も重要な基盤である.例えば分子性結晶であれば,その分子の三次元構造,その分子が示す相互作用,分子の三次元配列などを明らかにすることが,その分子やその分子が作る物質を理解するうえで重要となる.疑いようもなく,回折法を使った構造解析は,物質科学の発展に大きく寄与してきた.現在では,分子構造や分子配列を調べる程度であれば,単結晶さえ得られれば誰でも単結晶X線構造解析により調べられる時代になった.単結晶X線回折は,構造がわからない“未知の結晶構造”を明らかにする強力な手法である.結晶構造解析には,位相問題が含まれるが,良質な回折データが測定できれば,直接法により構造を決定することができる.しかしながら,単結晶X線構造解析には,当然,“単結晶”が必要である.通常の実験室系回折装置を利用する場合には,有機低分子であれば約0.1~0.3 mm角程度の結晶が必要とされている.現在では,放射光や実験室系でも集光ビームを利用することで数~10μm角程度の単結晶から構造解析に必要な回折データが得られることもある.しかし,どのようにしても必要な質の単結晶が得られない場合がある.特に結晶構造の転移や結晶構造中での化学反応などは,単結晶の崩壊を伴い進行することが多く,単結晶法により構造の変化を調べきれないことが多い.そのような状況では,粉末回折データからの構造解析が望まれる.古くより粉末回折パターンの変化から構造の変化を推定するようなことも多く行われてきた.しかし,より詳細で直接的な情報を得るためには,やはり具体的な結晶構造を明らかにしたい.そのため粉末回折データからの未知結晶構造解析は,物質科学者の夢の1つであった.2.粉末未知結晶構造解析粉末回折データからの未知結晶構造解析法は,1990年代後半より急速に発展した.一般的な未知結晶構造解析の流れは,単結晶・粉末結晶とも同じである.指数付けにaはじまり,空間群(候補)の決定,積分回折強度の抽出),構造決定(初期構造の導出),構造精密化と続く.未知の結晶構造を粉末X線回折データから導くうえで難しい点は,特に指数付けと構造決定である.有機化合物や有機金属錯体のような分子性結晶では,比較的格子が大きく対称性が低いため,粉末回折データにおいて,反射の重なりが激しい.そのため正確な反射の位置を求めづらく,広い範囲で(低d値の反射に及ぶまで)正確な積分回折強度を抽出することを難しくする.正確な反射の位置は指数付けに,広い範囲での正確な積分回折強度の抽出は直接法による構造決定に必要である.1990年代後半になると,実空間法と呼ばれる構造決定法が提案され,未知結晶構造解析のハードルを下げた.1),2)実空間法は,分子内の結合長や結合角を固定した三次元の分子モデルを使うことで決定すべき自由度を減らし,粉末回折データにa)一部の粉末結晶構造解析では積分回折強度の抽出は行わない.170日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)