ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

エピジェネティックおよび疾病関連タンパク質の構造生物学研究図3 X線損傷による強度の減衰.(Intensity reduction ofCagA crystals by X-ray damage.)X線照射により回折強度が直線的に減衰する.直線は減衰が遅いグループ(●),破線は減衰が早いグループ(○).と考えた.これは,当時ACAなどの学会でもX線損傷の話が大きく取り上げられており,いろいろな論文も発表されていたので,これに影響されたところもある.10)X線損傷の見積もりといえば,ガーマンらの開発したRADDOSEである.11)これを利用することも考えたが,分解能を改善する過程で多くの回折データを集めているので,実際のデータを利用して測定条件を決定したほうが良かろうということで,自分でデータを解析してみた.方法は簡単である.MAD測定の場合,同じ結晶を用いて3~4セットの回折データを収集する.このデータを使って,X線照射によってどの程度回折強度(Iの総和)が弱くなっていくか(結晶が損傷するか)をグラフ化してみた.実際には,いろいろなビームラインで回折強度データ収集をしているので,ビームラインによるX線強度の違いや放射光リングの蓄積電流の変化を加味してデータ間の補正をした.我ながら,ラフな見積もりであると思ったが,回折強度の減衰はMADデータ測定の範囲内ではほぼ直線的であり,実験間での再現性も見られた(やってみるもんである)(図3).どういうわけか,X線損傷による回折強度の減衰が早いグループと遅いグループに分かれたが,X線の照射量に比例して結晶にダメージが蓄積していることがわかり,X線損傷の予測が可能になった.この結果から最初にわかったことは,多波長のX線による回折データを必要とするMAD法でCagA結晶の位相決定をするのは現実的ではないということである.どの程度の損傷(回折強度の減衰)を許すかというのは考えどころではあるが,異常分散という微小な強度差を問題にしていることを考えると,あまり甘い基準を立てるべきではない.せいぜい10%程度の減衰までを許容し日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)ようかと考えたが,単に強度が減衰するだけであれば,減衰度合いが10%で測定をやめる必要はない.適切に回折強度をスケーリングすれば良いだけの話である.そこで,本当にスケーリングすれば良いのかどうかを確かめるために,MADデータの精度の検定を行った.具体的には,各波長の回折データを前半と後半の2つに分割し,それらを別々に処理して前半と後半のデータ間の強度の違い(R iso)を計算するとともに,波長間のR isoも計算した.もし,結晶の損傷が強度の減衰のみに現れるのであれば,同一波長内の比較と波長間の比較でのR isoの差はほぼ同じになるはずである.しかし,実際にR isoの値を計算してみると,波長間のデータのR isoは波長内でR isoと比べ有意に大きな値になった.もちろん,波長間の回折強度は異常分散効果により若干は異なるはずであるが,10%(場合によっては15%)を超えるR isoの値はこの効果だけでは説明しきれない.このことは,X線損傷の効果が単に回折強度の減衰だけではなく,結晶内部の変化を伴うものであることを示唆している.CagAの位相決定をするときには,この変化が顕著になる前に全データを収集することが望ましい.理屈のうえでは,そのようなMAD測定のスケジュールを作ることは可能ではあるが,上記の条件を満たすようにデータを集めようとすると,1フレーム当たりの照射時間が短すぎて十分な分解能の回折像を得ることができない.結局,X線損傷によって結晶内部に変化が起きる前に必要な分解能の回折データを収集するためには,位相決定法としてSAD法を用いるのが適切であると結論された.そこで,回折強度が10%程度の減衰をするまでにすべてのSADデータを収集するという戦略で回折データを収集することにした.このようにして測定方針は決まったものの,解釈可能な電子密度図を簡単に得ることはできなかった.ほとんど側鎖が見えない部分も多く,自信をもってモデルを作ることは難しかった.このような曖昧さを解決するために40種類以上の変異体(多くはLeuをMetに置換する変異を導入した)を調製したうえで結晶化し,それらのデータを使ってアミノ酸の位置を確定していった.5)このような方法は過去にも行われており,低分解能の結晶構造解析を行う際には,手間はかかるが有効である.12)このようにしてモデルを構築したのち,R因子よりは,geometryに注意をして構造精密化を行い,最終的にはCagA-N(1-876)に関して,3.3 A分解能でR因子=0.195,FreeR因子=0.248,rmsd bonds/angles=0.010 A/1.22°という構造精密化モデルを得ることができた.5)4.CagA-Nの結晶構造図4に,得られたCagA-N(1-876)の結晶構造を示す.5)CagA-Nは,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲの3つのドメインから構成されて165