ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

千田俊哉図1CagA分子の模式図.(Schematic drawing of primary structure of CagA.)CagAはCagA-Nと呼んでいるN末側の領域と,CagA-CというC末側の領域に分割される.図2結晶の質改善の道筋.(Scheme of CagA-crystal improvement.)複数の抗凍結剤を特定の順序で用いることで,結晶の質を改善することに成功した.する.CagAがC型もしくはD型のEPIYAセグメント(以下,EPIYA-CとEPIYA-Dと記す)のどちらをもつかは地理的な要因が決めている.欧米型のピロリ菌は,A型-B型-C型という繰り返し配列をもつ.ただし,EPIYA-Cが二回以上繰り返すものもあり,繰り返しが多いほど高い毒性を示す.これに対し,東アジア型のピロリ菌はEPIYA-Dをもち,高い毒性を示すことが知られている.6,7)この違いは,日本を含む東アジアは欧米と比較して胃がんが多いことと関係している.このように,CagA-Cの天然変性領域はヒトの細胞内にあるシグナル分子と相互作用することで細胞内シグナリングを撹乱するが,構造領域のCagA-Nの機能には不明な点が多い.しかし,CagA-Cの生物活性はCagA-Nがあることで増強されることから,CagA-NとCagA-Cとの物理的,機能的相互作用があることが示唆されていた.筆者らは,CagAのシグナル撹乱の分子機構や,構造領域と天然変性領域の相互作用による活性の増強などに興味をもち,CagAの構造生物学的な研究を開始した.3.CagAの結晶構造解析結晶構造解析にあたり,天然変性領域を除いた残基番号1-876からなるCagA-N(1-876)と,残基番号261-876からなるCagA-N(261-876)を結晶化した.しかし,いずれの結晶も単純に凍結するだけでは7~9 A分解能程度の回折しか与えなかった.このような場合,類縁タンパク質の解析を行うのが一般的な問題解決法であるが,今回は適切な類縁タンパク質が存在せず,得られた結晶の質を改善して構造解析する以外の道はなかったので,結晶工学的手法を駆使して結晶の質の改善を図ることにした.結晶工学的手法にはいくつかの方法が知られているが,8)筆者の研究室では,抗凍結剤溶液へのソーキングと変異体利用を組み合わせた方法により分解能を大幅に改善した経験があったため,9)今回も同様の方法で結晶の質の改善を図った.この方法は,抗凍結剤に抗凍結作用を期待するだけでなく,結晶中のタンパク質と相互作用させることにより,結晶の質を改善しようとする方法である.しかし,今回重要であったのは抗凍結剤を組み合わせて利用するという点である.1つの抗凍結剤では十分な改善が見られなかったが,複数の抗凍結剤を特定の順序で用いることで,分解能を3.3 A程度まで改善できた(図2).5)言うまでもないことではあるが,このような実験をする際には,システマティックに最適化を進めること,記録をしっかりとることが大切である.位相の決定は,単波長異常分散法(SAD法)により行った.当初は,結晶の質を改善しながら多波長異常分散法(MAD法)によるデータ測定を行っていたが,X線損傷のためか,解析の結果をみても多波長を利用することのメリットが感じられなかった.しかし「感じられない」というのは感覚的だし,X線による損傷をキチンと見積もったうえで測定条件や位相決定法を決めるべきだ164日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)