ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

日本結晶学会誌57,163-169(2015)総合報告(学会賞受賞論文)エピジェネティックおよび疾病関連タンパク質の構造生物学研究高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所千田俊哉Toshiya SENDA: Structural Biology Studies of CagA from Helicobacter Pylori andHistone Chaperone CIA/ASF1Crystal structures of proteins and their complexes have become critical information formolecular-based life science. Biochemical and biological analysis based on tertiary structuralinformation is a powerful tool to unveil complex molecular processes in the cell. Here, we presenttwo examples of the structure-based life science study, structural biology studies of CagA, an effectorprotein from Helicobacter pylori, and histone chaperone CIA/ASF1, which is involved in transcriptioninitiation.1.はじめにタンパク質結晶構造解析は,多くのタンパク質の立体構造を明らかにしてきた.以前は結晶構造を決定すること自体が困難な作業であったため,結晶構造を参照しながら過去の生化学的,分子生物学的な知見に納得できる説明を与えるということが多かった.しかし,今日のように結晶構造決定が(さまざまな困難はあるものの)ある程度ルーチン化してくると,結晶構造に基づいた提案を生化学や分子生物学の分野へ発信していくことが求められているし,これらの分野と結晶構造解析との一体化も加速している.本稿では,筆者が近年行ってきたタンパク質結晶構造解析に関して,いかに生化学・分子生物学との共同作業を行ってきたかを簡単にまとめた.これに加え,筆者が回折データ測定に際して行った工夫についても述べた.近年は回折強度の測定環境が大幅に改善され,昔に比べて測定技術について語られることが減ってきた.技術の進歩は歓迎すべきことではあるが,結晶構造解析の「専門家」があまりにも減ってしまうと,技術的な発展や新しい光源の出現に適切に対応ができなくなってしまう危うさをもっている.2013年に高エネルギー加速器研究機構に移動して測定技術の高度化にかかわるようになってからは,以前に増してユーザーとビームライン側の乖離を感じるとともに,多くのユーザーに測定技術に関心をもってもらうことの重要性も痛感している.そこで本稿では,結晶構造解析に関する技術的なことにも誌面を割いた.2.ピロリ菌のがんタンパク質CagAピロリ菌(Helicobacter Pylori)は,最もよく知られた微生物の1つである.胃がんの原因菌として広くマスコ日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)ミに取り上げられるだけでなく,その感染の有無が簡便に検査できるようになったため,その結果に一喜一憂した人も多いであろう.このように,国民的にも関心の高いピロリ菌であるが,胃疾患との関係も分子レベルで盛んに研究されている.ここではピロリ菌のエフェクタータンパク質であるCagAの立体構造と機能のかかわりについて述べたい.CagAはcag PAI(cag pathogenicity island)という領域にコードされており,1)ピロリ菌内で産生された後に胃の上皮細胞内に打ち込まれる.その後,細胞内膜上に局在化し,Src-family kinase(SFK)によりリン酸化を受ける.2)そしてCagAはPAR1b(リン酸化酵素)やSHP2(脱リン酸化酵素)というシグナル分子と相互作用して,PAR1bの活性を阻害するとともにSHP2の活性を亢進し,細胞内シグナルを撹乱する.3),4)PAR1bの阻害はタイトジャンクションの破壊に関係し,SHP2の活性亢進は細胞の形態や運動性の変化を引き起こすとされており,これらと発がんの関係が示唆されている.H. pylori strain 26695由来のCagAは1,885アミノ酸からなるタンパク質である.生化学的な解析から,CagAはN末側の構造領域(CagA-N)と,C末側の天然変性領域(CagA-C)に分割されることがわかった(図1).5)CagA-Cは,EPIYA-セグメントやCM配列という特徴的な配列をもつ.30~40アミノ酸から構成されるEPIYAセグメントは,内部にGlu-Pro-Ile-Tyr-Ala(EPIYA)という配列をもち,その周囲の配列違いからA,B,C,Dの4つの型に分類されている.通常CagAは,CagA-C領域にA型-B型-C(D)型というEPIYAセグメントの繰り返しをもっており,CM配列はこの繰り返し配列中もしくは繰り返し後に存在する.EPIYA配列中のチロシンはSFKによりリン酸化され,SHP2のSH2ドメインと結合163