ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

田中勲a)異常散乱項(?f”)の波長依存?f”4.0Se3.0b)X線の透過率の波長依存(水による吸収)1.00.80.6100μm2.0S0.4500μm1.00.2図90.00.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0波長(A?)0.01.01.52.02.53.0波長(A?)a)セレンとイオウの異常散乱項の波長依存,b)X線の透過率の波長依存(水による吸収).(a)Wavelengthdependence of anomalous scattering terms of selenium and sulfur. b)wavelength dependence of X-ray transmittance(absorption by water).)置換結晶の作製が困難な場合に有用であるが,それ以上に,何も標識しないで解析する究極の構造解析法としての魅力がある.しかし,この方法は簡単ではない.その難しさは,位相決定のためのシグナルが非常に小さいということに尽きる.同形置換法の場合には,置換原子の電子数に相当するだけの大きさのシグナルがあるが,これが異常散乱法になると,白金や水銀でも10エレクトロンほどの大きさになり,セレンでは4エレクトロン程度,そしてイオウを使ったS-SAD法の場合には,わずか1エレクトロン程度しかない.したがって,S-SAD法は最も厳密なデータ収集が要求される方法であると言える.図9aはセレンとイオウの異常散乱効果の波長依存を示している.現在の汎用的なタンパク質構造解析法では,通常,セレンの吸収端(0.9797 A)付近の波長が使われる.イオウの場合には,相当する吸収端はずっと長波長側(5.019 A)にあるので,イオウからのシグナルを大きくするには,できるだけ長い波長を使うことになる.しかしシグナルを大きくするために長い波長を使うと,今度は吸収の影響が大きくなる(図9b).結晶周りの溶液による吸収を抑えるために,私達は,キャピラリーの先端に取り付けたループで結晶をすくった後,下から溶液を吸い出すと同時に結晶を冷却する技術を開発して,良好な成績を残した(図10).13),14)このマウント法は,最初は,ループレスマウント法と呼んだが,ループを取り除くことは必須ではないことから,現在ではキャピラリートップマウント法,あるいはもっと一般的に溶液フリーマウント法と呼んでいる.発表当時の構造解析では,CrターゲットからのX線(波長2.29 A)を使ったが,それでも分子量にして84 kDaのタンパク質の構造解析が可能であることを示した.15)最近,創薬プラットフォーム事業で,フォトンファクトリーにS-SAD用の長波長ビームライン(BL1A)が建設され,S-SAD法の本格利用がはじまろうとしている.実験室系のX線と違って,放射光では小さな結晶を取りナイロンループガラスキャピラリー液体窒素ガス図10ループレスマウントLoop-less法.(mounting method.)先端にナイロンループを貼り付けたキャピラリー(左の写真)で結晶をすくい取り,次にキャピラリーの下から溶液を吸い出すと同時に窒素ガスで結晶を冷却する(中).最後にループを取り除く(右の写真).扱うことが多いので,結晶をキャピラリーの先端に直接マウントするのは難しい.図11はそのために開発したマウント装置で,結晶はポリイミドフィルム製の「ループ」で保持される.針状結晶用,微結晶用,薄い板状結晶用など,さまざまな形のループを試作したが,特に重要な特徴は,ループ下部のブリッジ構造である.このブリッジ構造は,溶液が吸引される際の流れを制御し,結晶にダメージを与えたり,結晶が吸い込まれたりするのを防ぐ働きをする.また自作する必要があったガラスキャピラリーの代わりに,安価な注射針を使うことによって量産化を可能にした(図11).溶液の吸引と結晶の冷却をタイミングよくあわせるための自動装置も作製し,近く放射光施設に設置することになっている.このように,現在の装置は,はじめの頃とはかなり異なってきているが,しかし,キャピラリーを通して溶液を吸い出すという基本的なアイデアは踏襲している.本手法は(結晶周りの溶液を抜くと冷却しやすくなることから)クライオ条件の設定がやさしくなるというメリットもある.吸引160日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)