ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

ページ
17/80

このページは 日本結晶学会誌Vol57No3 の電子ブックに掲載されている17ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol57No3

タンパク質結晶学方法論の開発と網羅的解析常に起源の古い器官である.したがって,その構成成分であるリボソームタンパク質は,地球上に生命が誕生した初期の頃からすでに登場していたはずである.その後の長い歴史において最も変異の起こり難い環境にあったタンパク質でもあり,古代タンパク質の構造を研究するうえで貴重な対象である.1980年代後半から1990年代にかけて,Se-MAD法の発達と並行して,リボソームタンパク質の構造解析が精力的に進められた.振り返れば,これは2000年代にはじまった構造ゲノム科学のミニチュア版であった.ドイツ,アメリカ,ロシア,スウェーデンのグループとわれわれのグループにより,10年間で約4割のリボソームタンパク質の立体構造が決定され,リボソームタンパク質が通常の水溶性タンパク質と同様に疎水性のコアをもち,そこからRNAと相互作用するアームが伸びていること,DNA結合タンパク質の祖先としての共通の核酸結合モチーフをもつことなどが示された.7)この時期に構造解析されたリボソームタンパク質は,rRNAの構造構築にかかわるタンパク質やリボソームの機能発現にかかわるタンパク質など,構造的,機能的に,特に重要なものが多い.後年,リボソームの構造が決定されると,これらのタンパク質とrRNAとのかかわりの詳細が示された.リボソームの機能部位は大小2つのサブユニットの会合面にあり,tRNAとmRNAは,いずれもその会合面に結合する.その場所で遺伝情報が解読され,タンパク質が合成される.したがって機能的に重要なタンパク質も会合面に集中している.mRNAの流れに沿ってtRNAが移動しながら結合する部位は3つあり,Aサイト,Pサイト,Eサイトと呼ばれている(図5).2.3.1リボソームタンパク質S7リボソームタンパク質S7は,リボソームに結合したtRNAやmRNAと化学的に架橋されることから,遺伝暗号解読部位の最も近くに存在するタンパク質として知られていた.私たちが解析したB. stearothermophilus由来のS7は,結晶化に再現性がなく,数少ない結晶での解析を強いられた.クライオ条件を決めるための結晶もなかったので,わずか3個の結晶を使って室温でMAD用の全データを集めた.実験はグルノーブルのESRFで,カッパゴニオを使った効率的データ収集ストラテジーを適用して行われた.3),9)構造解析の結果,S7は5本のへリックスからなる疎水コアドメインをもち,このコアから突き出たβリボンとC末ヘリックスからなる構造をとっていた.同時期に解析されたほかのソースからのものと比べることで,βリボンには構造的可変性があることがわかった.この当時30Sリボソームの構造情報は,クライオ電子顕微鏡による分解能20 Aの像と,化学的架橋実験による16S RNAの推定構造,RNA-タンパク質間架橋情報がすべてであった.われわれは,これらの情報をもとに,S7の保存アミノ酸残基と塩基性残基の分布から,リボソーム中のS7の方位を推定し,βリボンがtRNA近傍に位置することを示した.10)後年解析されたリボソームの構造によると,S7のβリボンの先端はtRNAおよびmRNAと相互作用する位置にあり,推定構造を裏付けている(図6).現時点では,βリボンのもつ構造的可変性が,リボソームの遺伝暗号解読能に何らかの役割を果たしているのではないかと考えているが,詳細は不明である.今後の研究が待たれる興味深いタンパク質である.2.3.2リボソームタンパク質L2L2は,50数個あるリボソームタンパク質の中で最大のタンパク質で,残基数は275である.その一次構造は,真正細菌,古細菌,真核生物を問わず,大変よく保存されている.50Sサブユニットのペプチジルトランスフェラーゼセンター(タンパク質の鎖を伸長する反応部位)図5原核生物リボソームの構造.8)(Structure of prokaryotic ribosome.)50S(左)と30S(右)の2つのサブユニットを両者の会合面から見たもの.空間充填モデルで描いてあるのはRNA,リボンモデルがタンパク質である.50数個あるタンパク質の多くが,リボソームの外側に結合しており,会合面にはあまり存在していないが,ここに私たちの解析した3つのタンパク質S7,L2,L5がある.Aサイト,Pサイト,Eサイトに結合したtRNAも見える.日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)157