ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

田中勲セレン置換タンパク質を利用したMAD法が急激に伸びている.この方法が普及して,今日,ルーチン解析法として使われているのは周知のとおりである.北大のわれわれの研究室でも,1990年代の初め頃から,この方法に取り組んだ.セレノメチオニンを使ったMAD法は,今でこそ多用されているが,初期の頃には,その汎用性について懐疑的な見方も多くあり,位相決定のために必要なSeの数,Se-Met置換の方法,Se-Met置換体の結晶化法,波長の選び方,バイフット対の測定法,位相計算法などについて,さまざまな議論があった.われわれも当時,試行錯誤を繰り返しながら,徐々にルーチン解析法としてのノウハウを蓄積していった.1)-6)2.1マクロファージ遊走阻止因子の解析Se-MAD法を使って最初に解析したのはラット由来マクロファージ遊走阻止因子である.1)Se-MAD法による初めての解析であったので,解析にあたってさまざまな試行錯誤があった.最大の関心事は,自分達の測定したデータが実際にSeからの小さな異常散乱シグナルをもっているかどうかであった.計算が早くなった今日では,解析の成否は電子密度図を計算して判断するのが一般的だが,当時はパターソン図が解釈できるかどうかで判断した.このタンパク質にはMetが3個あったが,最初に得られたバイフット差パターソン図は解釈できなかった.そこで,当時可能になっていたアミノ酸置換を行い,3個あるMetのうちの2個までをAlaに置換し,残った1個のMetをSe-Metにしたタンパク質を調製して構造解析を行った.これにより,非常にきれいなパターソン図が得られた(図3).当時,このデータをもってヨーロッパのMADワークショップに参加したが,この図は,そのとき見たほかのどんなパターソン図よりもきれいだった.現在でもこれだけきれいなパターソンピークが得られるのは稀と思う.このデータは,フォトンファクトリーのMAD用ビームライン(BL18B)で収集したものだが,日本のビームラインが世界のどこにも引けをとっていないことを確信した.2.2 OmpRの解析OmpRは大腸菌の外膜タンパク質の発現を制御するDNA結合タンパク質である.その解析では,はじめに重原子同形置換体の調製を試みたが,結局役に立つものを得ることができなかったのでSe-MAD法に方針を転換したところ,それから数カ月で構造解析に成功した.2)このタンパク質は,分子中に5個のMetをもっているが,ハーカーセクションには,5個のSeの自己ベクトルのうちの3個しか見えていない(図4).それにもかかわらず構造が決定できたという経験から,この方法は近い将来,ルーチン的に使われるようになると確信した.2.3リボソームタンパク質の網羅的構造解析リボソームは,DNA上の遺伝情報をもとにmRNAを介してタンパク質を合成する細胞内小器官である.原核生物のリボソームは,大小2つのサブユニット(沈降係数からそれぞれ50S,30Sサブユニットと呼ばれる)からなり,30Sサブユニットは16S RNAと20数個のタンパク質から,50Sサブユニットは23S RNA,5S RNAと30数個のタンパク質から構成されている.総分子量270万の2/3をRNAが,残りの1/3をタンパク質が占める.リボソームタンパク質は,50S由来のものはL,30S由来のものはSを頭につけて番号で呼ばれる.多くは低分子量の塩基性タンパク質である.50数個のタンパク質の間には一次構造上の類似性がほとんどなく,また興味深いことに,それらのタンパク質のほぼすべてが,リボソーム1個当たり1コピーだけ存在している.ただ1つの例外が,GTPase活性に関与するタンパク質で,これだけは複数コピー存在する.(真正細菌の場合L12と呼ばれ,通常4コピー存在し,古細菌の相当するタンパク質はP1と呼ばれ6コピー存在している(後述).)リボソームは,すべての生命体が共通にもっている非yxyxV33V55V22V11V44図3ラット由来マクロファージ遊走阻止因子の構造解析(空間群P6 3).(Structure analysis of macrophagemigration inhibitory factor from rat(space group P6 3).)左:バイフット差パターソン図(z=0).3つあるMetのうちの2つまでをAlaに置き換えた変異体(M2A/M101A/Se-Met)を利用した.Se-Seピーク(矢印)は20σある.右:3量体のリボンモデル.図4大腸菌OmpRのDNA結合ドメインの構造解析(空間群P3 221).(Structure analysis of DNA bindingdomain of OmpR from E. coli.(space group P3 221).)左:バイフット差パターソン図(z=1/3).赤と緑の点は計算によるSe-Seベクトルの位置である.右:リボンモデル.(編集部注:カラーの図はオンライン版を参照下さい.)156日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)