ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No3

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概要

日本結晶学会誌Vol57No3

大場茂タンであるという状況証拠が固まった.次にペンタンのモデル化に取りかかった.まず,C81,C82,C83を占有率50%とし,等方性で精密化した.ペンタンが対称心の近傍に存在し,その炭素原子5つのうちの3つ(C81-C82-C83)が見えていて,C83が対称心の位置のすぐ隣である.炭素骨格がすべてtransのジグザグ形とすると,残りの炭素2原子の等価位置は,C82-C83とほぼ平行になるはずである(図7参照).D合成のピークはQ1が対称心の位置(1/2,0,1/2)で,Q2-Q3がまさにそれに該当していた.そこで,Q2とQ3をC84,C85とし,等価位置(1-x,-y,1-z)へ移動させ,占有率0.5として等方性で精密化した.しかし,C84とC85の座標はプログラムによって,自動的に等価位置に変換され,C82とC83の近くへ戻されてしまった.これは,非対称単位中でピークをできるだけ1カ所に集めて,分子骨格を見やすくするというプログラムの機能のためである.しかし,そのことがペンタンの構造モデル化を妨げていた.そこで,DFIXとDANGを使って,ペンタンの炭素骨格の形を抑制し,またC81からC85までを「PART-1」で指定して精密化した.このようにPARTの番号を負にすることで,特殊位置の制約を解除し,対称性で発生する等価な原子が接近していても,結合とはみなされなくなる.これで,ジグザク形のペンタンの基本骨格が完成し,炭素のU isoも0.033~0.041 A 2とバランスが取れていた.温度因子を異方性にしても,特に問題は生じなかった(図8).後は,水素を導入して親原子にride onさせた.図7対称心(i)の近くの炭素3原子を,(a)ヘキサンあるいは(b)ペンタンと解釈したときの乱れの様子.(Schematic drawing of disorder of(a)hexane or(b)pentane around the center of symmetry.)実線と点線は,2つの可能な配向を表す.これで,ペンタンが2つの可能な位置をもち,それが結晶学的な対称心で関係付けられているというモデルが完成した.最後に,DFIXとDANGの指令をはずしても,構造モデルは温度因子も含めて,歪むことなく保持されることが確かめられた.最終的なR因子は0.040となった.このように対称心のある結晶構造では,ペンタンがディスオーダーする可能性があるため,ヘキサンを結晶育成に用いるほうが有利であろう.ただし,今回紹介した化合物はヘキサンを用いた拡散法では,結晶ができなかったとのことである.4.2溶媒のランダムな乱れ結晶中にカラム状の空洞があり,その中で溶媒がランダムに乱れているような場合,原子位置をモデル化するのは無理である.ただし,このようなバルク(bulk)溶媒はタンパク質の結晶によく見られることであり,そのための補正法がいくつか考案されている.SHELXLを使って対処する方法が2つある.その1つは,SWATコマンド(引数はgとU)を用いて,バルク溶媒の近似的な補正をすることである.溶媒が結晶中で広い範囲に渡ってランダムに乱れているとき,液体の水によるX線の散乱と同様に,低角の反射ほどその影響を強く受ける.そこで,回折強度の計算値を次のように修正する.I c(new)=I c(old)[1-g exp{-8p 2 U(sinq/l) 2 }](3)ただし,I(000)は修正しない.gとUのdefault値は,それぞれ0と2であり,このようにUを大きい値にしておけば,低角の反射ほど補正がかかることになる.この方法は,Babinet(バビネット)の原理に基づく.これは,光の回折の分野で知られている原理であり,「ある図形による回折像は,そのネガの図形(つまり物体と空洞とが入れ換わったもの)の回折像と同じであるが,位相が逆になる」ことをいう(図9).ポジとネガの2つを合わせると濃淡のない均一な図形となり,回折像もなくなることから,それぞれの回折像が重なって打ち消し合うと解釈できる.つまり,図9aは(溶媒が存在する領域を除いて)モデル化できた単位胞中の構造の電子密度,そして図9bは溶媒が均一に分布している領域の電子密度に相当する.図9aによる回折強度がIc(old)なので,それに図8ペンタンとしてモデル化し,非等方性にした段階での結晶溶媒.(Crystal solvent modeled as pentaneand refined anisotropically.)図9バビネットの原理.(Babinet’s principle.)ある図形(a)の回折像は,そのネガの図形(b)の回折像と同じであるが,位相が逆である.152日本結晶学会誌第57巻第3号(2015)