ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No2

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概要

日本結晶学会誌Vol57No2

大場茂フラック変数が考案されて以来,それを構造精密化の最小二乗法計算において,1つの変数として求めることが,これまでの定法となっていた.しかし,それで見積もられるs(x)が,実態を反映していないことがわかってきた.フリーデル対の強度の違いをうまくモデル化できているかどうかにかかわらず,R因子が下がる程s(x)が過小評価されてしまう傾向にある.13)その一方で,軽原子(酸素よりも軽い原子)だけからなる結晶のCu Kaデータに対しては,s(x)をかなり過大評価してしまう.14)これは,異常散乱効果が弱い場合に,特に問題となる.構造解析の最小二乗法では,構造パラメータpiの標準偏差s(pi)を次式で算出する.s(p i)=[c iiSw h{I o(h)-I c(h)} 2 /(n-m)] 1/2(3)ここで,c iiは正規方程式の係数行列に対する逆行列の対角項であり,whは反射hの重み,nは反射数でmはパラメータ数である.15)つまり,s(x)には回折強度の測定値I oと計算値I cとの不一致が反映されるが,異常散乱効果が弱い場合にはフリーデル対の強度差まではほとんど反映されなくなる.5.2ホーフト変数異常散乱効果が弱い場合に,前述のような問題が生じる.それを解決するために,構造の精密化とは切り離して,絶対構造を判定する方法が最近開発された.その1つがHooft parameter(ホーフト変数,記号y)である.これは,ベイズの統計理論(Bayesian statistics)を応用したものであり,仮定した絶対構造が正しければ,フリーデル対の強度差の測定値と計算値との不一致は,正規分布(あるいはある種の統計分布)に従うはずであることに基づく.16),17)絶対配置の仮定が正しければy=0であり,誤っていればy=1なので,フラック変数と実質的に同じ意味をもつ.ただし,ホーフト変数の標準偏差s(y)が,統計処理によって合理的に求まるところに意義がある.5.3パーソンズの商フリーデル対の強度データをもとに,フラック変数を求める新しい方法も開発された.それが,Parsons’quotients(パーソンズの商)の方法であり,フリーデル対の強度の和に対する差の割合Qに基づく.14)Q(hkl)={I(hkl)-I(-h, -k, -l)}/{I(hkl)+I(-h, -k, -l)}(4)原子座標をもとに反転双晶を仮定したときの計算値をQ model,単一の分域と仮定したときの計算値をQ singleとすると,次のような関係にある.Q model(hkl)=(1-2x) Q single(hkl)(5)測定値Q obsがQ modelに対応するので,横軸をQ singleとし,縦軸をQ obsとして,各フリーデル対のデータをプロットし,それらを通る直線を最小二乗法で求めることで,その傾き1-2x(およびその偏差)が得られる.14)フリーデル対の強度差ではなくて,商Qを使うことで吸収や消衰効果などの影響があってもキャンセルされることが長所である.驚くべきことに,軽原子(酸素よりも軽い原子)だけからなる結晶について,Mo Kaによる測定でも絶対構造の判定が可能であることが,このパーソンズの商の方法を使って示された.18)その決め手は,100 Kで2qが135°まで,すべてのフリーデル対まで含めて,ある程度の冗長性をもたせて測定したことである.また,信頼性を示すために,21種類のキラルな(軽原子だけからなる)有機化合物に対して,同様の実験が行われた.この場合,異常散乱効果は非常に小さいが,sinq/l依存性はないので,高角の反射ほどその寄与が無視できなくなること,および高角の反射数が非常に多いので情報量もそれだけ多くなるというからくりである.そして,高角の反射を取り除いて,通常の2q(Mo Ka)≦55°の反射データだけで解析したところ,絶対構造の判定は不可能であることが確かめられた.この方法は,結晶性が良くて,かなり高角まで回折X線が観測できるような試料でないと適用できない.このような限界に挑んで,Mo Kaでの測定でも軽原子化合物の絶対配置の判定が原理的に可能であることを示したことは意義があるが,汎用性という点から考えると,Cu Kaでの測定のほうが適していると言える.5.4 SHELXLでのフラック変数の解析SHELXLで欠面性双晶を解析する場合,TWIN(双晶操作,すなわち分域を互いに関係付けるような対称操作)とBASF(分域の体積比率)を組み合わせて指定する.ただし,反転双晶については,対称心のない結晶についてデフォルトで精密化されるため,コマンドは特に指定しなくてよい(逆に,TWINやBASFを誤って入力した場合にトラブルを招く).なお,フラック変数の計算結果は,lstファイルに出力されるが,resファイルには保存されない.構造精密化の段階で不合理なフラック変数の値が得られたとしても,上で述べたように精密化後にパーソンズの商の方法(あるいは将来的に別の方法)を使って,絶対構造の判定をし直せる可能性がある.それには,フリーデル対のデータが必要である.このため,プログラムが変更され,(対称心のない構造のとき)フリーデル対まで含めて反射データを平均するコマンド「MERG 3」が使えなくなった.6.CIFの変更最近のSHELXLを使うと,CIFにはresファイルの内容だけでなく反射データまで自動的に含まれるようになっ94日本結晶学会誌第57巻第2号(2015)