ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3

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日本結晶学会誌Vol56No3

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概要

日本結晶学会誌Vol56No3

湿度調整と水溶性ポリマーのコーティングを用いたタンパク質結晶マウント法さらに細かい湿度きざみ(±1~2%,±0.1~0.5%の順)で調節するとよい結果が得られる.この際,湿度を変化させるたびに,水分の平衡のため2~3分の間をおいて次のステップに進む.なお,最適条件探索において,留意する点が2つある.第1に,湿度の急激な変更は避ける.経験的に0.3%/分以下の速度が適当であった.第2に,初期湿度と最適湿度の差をあまり大きくしないことである.上述の方法でも十分な回折像が得られないときには,マウント直後に受けた損傷が大きく,湿度調整では回復できないと考えられる.そのときは湿度を変更し,新しい結晶で再度安定な湿度条件を検討する.4.実験結果と本法の特徴4.1環境変化に脆弱な結晶試料の保持HAG法は脆弱な結晶に効果的である.枯草菌由来加水分解酵素RsbQの結晶は,結晶化母液中での操作に時間をかけてしまうだけでさえ,剥離するように壊れ,損傷してしまう脆弱な試料であった.グリセロールをはじめ浸透性抗凍結剤の種類や濃度を変えて結晶の凍結を試みたが,損傷は防げず,データを収集することが困難であった.この分子の活性部位は溶媒から隔離されたポケットの中にあるが,ここに抗凍結剤を取り込んで構造変化し,結晶の充填構造を乱すことも想定された.このように物理的・化学的変化に弱い結晶であったが, HAG法で結晶をマウントしたところ,室温での湿度調整中も結晶の質を維持できた.本法で使用するPVA溶液は,結晶を穏やかに包んで急激な環境変化から試料を守る効果がある.そして, PVAは水溶性の高重合の高分子であるため結晶中に浸透しにくい特徴をもつ.これらの性質から図3に示すような高分解能での回折像取得ができたのであろう.また,結晶周辺の結晶化溶媒を取り除く効果は,従来用いられてきた油性溶媒によるコーティングに似ているが,水分を保持している点で,より試料損傷が起きにくい利点があると考えられる.4.2 PVA溶液がゲル化する条件への適用PVA溶液がゲル化して固まると,結晶をコーティングする性質が弱くなる.このゲル化を防止するには可塑剤の添加が有効であり,さまざまな結晶化条件に適用できる汎用性を獲得できた.ウシインスリン立方晶結晶は,結晶化条件に0.4 Mリン酸ナトリウムを含んでおり,このリン酸イオンがPVAをゲル化させる.そこで, 5%(v/v)グリセロールを添加した結晶化溶液に,結晶を浸漬したのちにマウントすると,ゲル化を防ぐことができた.浸透性抗凍結剤を用いた従来のマウント方法では,氷晶の防止に30%(v/v)グリセロールが必要なことから,本法は抗凍結剤の削減にも有効である.また,紅色光合成細菌由来の膜タンパク質であるBlastochloris viridis photoreaction centre(BvRC)結晶の結晶日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)図3枯草菌由来加水分解酵素RsbQ結晶の回折像の比較.(Comparison of the diffraction images of bacterialhydrolase RsbQ crystals.)(a)25%(v/v)グリセロールを抗凍結剤として添加した後,従来のループマウント法で瞬間凍結したとき.(b)HAG法でマウント(コーティング剤として13%(w/w)PVA溶液(重合度3500)を使用)し,相対湿度69.1%で瞬間凍結したとき.化条件には, 1.89 Mの硫安が含まれている. 8)この結晶化条件では, 5%(v/v)グリセロールの添加は有効でなかったが, 8%(w/w)PVA(重合度4500)溶液と100%グリセロールを容積比1:1で混合した溶液をコーティング剤として使うことでゲル化を防ぐことができた.従来の凍結法では,30%(v/v)グリセロールを含む結晶化溶液に2分間浸漬すると損傷することが報告されている. 8)しかし,本法でマウント後,湿度調整環境下に20分間放置しても結晶に劣化は見られなかったことから,コーティング剤に添加したグリセロールは結晶に浸透しにくいことがわかる.膜タンパク質であるヒト由来ロイコトリエンC 4合成酵素(LTC 4S)の結晶化条件9)には, 1.6~1.7 Mの硫安が含まれていたが, BvRCと同じコーティング剤で損傷が生じずに凍結できた.4.3調湿による結晶構造の変化と制御結晶の湿度調整の有効性はこれまでも研究されており,湿度低下に伴って格子が収縮する現象が観察され, 6),10)一部の結晶では,湿度調整により結晶の回折能が飛躍的に増大することも知られている. 6)しかし,このような利点にもかかわらずこの方法は汎用性を獲得できていなかった.従来の湿度調整実験では,コーティング剤を使用しないために調湿気流と結晶の間で直接に水分がやり取りされ,結197