ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3
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日本結晶学会誌Vol56No3
日本結晶学会誌56,194-200(2014)最近の研究から湿度調整と水溶性ポリマーのコーティングを用いたタンパク質結晶マウント法高輝度光科学研究センター馬場清喜,熊坂崇Seiki BABA and Takashi KUMASAKA: Protein Crystal Mounting Method by UsingHumid Air and Hydrophobic Polymer CoatingA novel protein crystal mounting method was developed using controlled humid air andhydrophobic polymer glue for crystal coating. The glue-coated crystals under the optimizedhumid air were quite stable at room temperature and could be cryocooled. This method isparticularly useful when applied to fragile protein crystals known to be sensitive to environmentalchange. And, the crystals by using HAG method reproducibly showed crystal lattice transformationin response to a change in humidity, thus using this method a series of isomorphic crystalscan be prepared.1.はじめにタンパク質結晶構造解析では,高分解能な回折データの収集を行うために放射光の高輝度X線を利用するのが一般的であるが,試料の照射損傷を低減するために, 100 K以下の凍結条件での測定が当たり前に行われている. 1)一般にタンパク質の結晶は多くの水分(50%程度)を含んでいて脆いが,この水分の凍結時に生じる体積膨張は結晶劣化の原因となる.このような性質の結晶の劣化を抑えて凍結するため,広く使われているマウント方法は,抗凍結剤入りの溶液に浸漬したのちに,クライオループですくい,吹き付け低温ガスで瞬間凍結する方法である. 2)-4)抗凍結剤は氷晶生成を抑制するが,その種類や濃度など条件の最適化が大切で,多数の結晶を用いた試行錯誤が必要となっている.また,広く用いられているグリセロールなどの浸透性の抗凍結剤は重量比30%程度の高濃度で添加する必要があり,添加による溶媒条件の変化やタンパク質への結合により結晶の質が損なわれる場合も多い.一方,室温での結晶の回折実験は,放射線損傷は低温と比べて甚大であり,照射X線量を弱めて行うために,凍結時より分解能が低くなることから,あまり用いられなくなっている.しかし,余分な処理が不要のため,結晶が得られた状態のまま,結晶の質を確認することができる利点がある.この結果を基準とすることで,凍結による試料劣化の原因の検討や結晶の後処理(アニーリング,脱水操作など)の効果を評価することができる.また,凍結により結晶は格子と分子の収縮が起きており,活性状態の構造が異なる事例が報告されており,室温測定は機能解明において重要な知見を与えている. 5)室温測定で一般的な結晶マウント法は,キャピラリーへの封入である.これは湿度の維持には適しているが,空気層が存在するため凍結には不向きである.この欠点を補うことができるのは,結晶に調湿気流を吹き付ける手法である. 6)キャピラリーに封じ切らずに,試料雰囲気を変化させられる利点を活かし,湿度調整によって結晶の質の改善や構造相転移などの変化を起こすことができる.しかし,脆い試料は条件変化に敏感で再現性を得ることが難しい場合が多く,汎用性を獲得できていなかった.また,この方法でも凍結には抗凍結剤を必要とする場合が多く,条件の最適化を行う必要がある.そこで,室温測定と凍結測定のそれぞれの利点を併せもち,相互の垣根を低くすることを可能とする結晶マウント法として,水溶性ポリマー溶液で結晶をコーティングし,湿度調整を行う手法-Humid Air and Glue-coating method(以下, HAG法)-を開発した. 7)この方法は,室温での結晶の質の評価,結晶の保持条件の検討を行うのみでなく,柔軟なタンパク質構造の変化を誘導することが可能となる.また,抗凍結剤の添加などを必要とせずに凍結操作を行うこともできる.本稿では, HAG法の使用方法と得られる効果について解説する.2.HAG法で使用する試薬・装置2.1コーティング剤本法でコーティング剤として使用するポリビニルアルコール(PVA)は,洗濯のりや事務用のりに使用される一般的な親水性の合成高分子である.錠剤の結合剤や卵子や精子の凍結保存,生体試料の顕微鏡観察の包埋材としても利用されるなど,人体に対して無毒で,生体物質に親和性の高い材料である.コーティング剤は, PVA粉末を加温しながら純水に溶194日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)