ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3
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日本結晶学会誌Vol56No3
伊藤弓弦,横山茂之図10SelAの反応機構.(The reaction scheme of SelA.)する必要がある. PSTKではC末端ドメインがtRNA SecのDアームと特異的に相互作用し,触媒部位をもつN末端ドメインがアクセプターアームと結合する. 13)ただ, PSTKのC末端ドメインとN末端ドメインは完全にフレキシブルなリンカーでつながれているため,アクセプター-Tアームの長さは活性にまったく影響しない点が異なる.しかし,進化的に関連のないSelAとPSTKが同様の機構を用いてtRNA Secを識別している点は興味深い.4.3.3反応機構SelA-?Nのチオ硫酸の結合位置から,セレノリン酸の結合部位が推定できる.触媒部位の残基に変異を導入し,変異体の活性を調べたところ,このセレノリン酸結合部位を形成する残基に変異を導入すると活性がなくなった. 17)また, Phe224とAsn218が活性に必須および重要であることがわかり,この2つの残基はtRNA Secの3’末端であるA76の結合部位であると考えられる.大半のPLP酵素はその基質であるアミノ酸のカルボキシ基と相互作用して結合している.一方, SepSecSはリン酸化セリンのリン酸基と結合する. 11) SelAの基質であるSer-tRNA Secのセリン部分にはカルボキシ基もリン酸基も存在しないため, SelAはA76と強く相互作用することで,セリン部分をPLPの近くに引き込んでいると考えられる(図5).なお,サブユニットAの触媒部位ではPhe224は隣のサブユニットであるサブユニットJに属している(図5).またPLPやセレノリン酸の結合にはサブユニットBの残基も関与しているため,セリン部分の結合と反応に対しても3つのサブユニットが必要であり, SelAが多量体である一因となっている.セリン部分の水酸基を脱離する機構については,待機状態でPLPと共有結合しているLys285が水酸基をプロトン化して,脱離すると思われる(図10).活性に必須なArg86は,このプロトン化を助けている可能性がある.完全な反応機構の解明には今後の研究が待たれる.4.3.4 10量体である必要性PLP酵素のほとんどは2量体または4量体で機能する.SelAが10量体である必要性を詳細に調べたところ, 10量体の中で,隣り合う2つの2量体に含まれる4個のサブユニット(図7)が, 1つのSer-tRNA Secに対し,協力して4つの異なる作業を担うことがわかった.具体的には,サブユニットAが1「Ser-tRNA Secを識別し」,サブユニットAとBが2「Ser-tRNA Secを固定し」,サブユニットCが3「Ser-tRNA Secの先端を捕まえ」,サブユニットCとDが4「その先端にあるセリンをセレノシステインへと変換する」,という連続した作業を行う(図9).また, 10個のサブユニットはすべて同じ構造であるため,隣のSertRNASecに対しては, C~Fの4個のサブユニットが4つの作業を担い,サブユニットCに着目すれば,このときには1と2を担当する.このように各サブユニットは4つの作業をすべて担うことができる.これらのサブユニットをそれぞれのSer-tRNA Secに対して機能させるためには, 2量体の配置が重要であり,これを実現するために細菌では,巨大な正5角形型の構造を創成したことがわかった.さらに,環状に5つの2量体を配置することで,全体では,1~4の作業が10カ所で可能である.もし,直線状に配置した場合は,両端に無駄ができるため,全体で8カ所だけとなり非効率的である.このように環状であることの重要性も判明した.5.今後の展望セレノタンパク質は,ヒトの生存や健康の維持に必須で,その研究は大変重要である.しかし現状では,セレノシステインを自在にタンパク質へ取り込むことができないため,人工的な合成は困難である.今回,ヒト型に続き細菌型の生体内のセレノシステイン合成メカニズムも解明できた.今後,人工的なセレノタンパク質合成方法の開発に大きく貢献し,セレンの自在な導入によって天然の酵素の機能を上回る能力をもつ酵素の創生や,セレン欠乏を原因とする疾患の研究などに役立つことが期待できる.古細菌と細菌の多くは,基本的な20種類のアミノ酸のうちのグルタミンやアスパラギン,システインについても,セレノシステイン合成のようにtRNA上でほかのアミノ酸を経由して合成している.これは原始生物の名残とされ,初期の生物は少ない種類のアミノ酸からタンパク質を合成し,進化の過程で新しいアミノ酸を獲得していった192日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)