ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3
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日本結晶学会誌Vol56No3
伊藤弓弦,横山茂之リンカー領域であるアクセプターステムとDステムのリンカー(ADリンカー)とエキストラステムとTステムのリンカーG48の位置が異なっており,後述のように三次構造的な相互作用の有無につながっている.Dアームの長いステムと短いループは真核生物/古細菌と同じであり,その立体構造も同様であった(図6).真核生物/古細菌のtRNA Secで見出されたU16:U59やU20:G19:C56といった特徴的な三次構造的塩基対/塩基トリプルも細菌tRNA Secで保存されていた.通常のtRNAのDアームのループ(Dループ)はほかのアームと相互作用し,複雑な三次構造コアを形成している(図6).一方, tRNA SecのDループはTループのみと相互作用し,ヒトのtRNA Secの場合は三次構造コアが存在せず, 12)古細菌ではC8のみがDステムと相互作用している. 13) A. aeolicustRNA Secは,リンカーのU8とG48がDステムの塩基対G14:C21, C15:G20aとそれぞれ相互作用し,固有の塩基トリプルG14:C21:U8, C15:G20a:G48を形成していた(図6).特にC15:G20a:G48のヌクレオチドは細菌tRNA Secの間で保存されている.真核生物/古細菌のtRNA SecではTステムが4塩基対のため, G48に相当するリンカーが存在しない.通常のtRNAではU8:A14とG15:C48(またはA15:U48)が保存された三次構造的塩基対であり,細菌tRNA Secの塩基トリプルはこれらに相当する.このため,通常のtRNAより弱いものの,細菌tRNA Secにも三次構造コアが存在することが明らかになった.柔軟性のあるアクセプターアーム,アンチコドンアーム,エキストラアームの先端部を除いた中心部の輪郭は細菌のtRNA Secと真核生物/古細菌のtRNA Secは同じであり,内部構造に差があるだけである.このことはtRNA Secと相互作用するタンパク質はどちらのtRNA Secとも同じ機構で結合できることを意味しており,実際,セレノシステイン合成系の酵素は細菌と真核生物/古細菌のtRNA Secのどちらにも活性をもつ.三次構造的相互作用が少ない真核生物/古細菌のtRNA Secはより先祖型な性質を残していると考えられ,細菌tRNA Secは輪郭を保ったまま,内部の相互作用を強化し,安定性を高めるように進化した可能性がある.4.SelAとtRNA Sec複合体4.1背景SelAは酵素であるため,その機能を解明するには反応基質との複合体の状態で結晶構造を決定する必要がある.反応基質としてセレノリン酸とSer-tRNA Secがあり,それぞれとの複合体の立体構造から反応機構と基質特異性機構を明らかにできる.特にSer-tRNA Secに対する基質特異性は重要である.細胞内には通常アミノ酸であるセリンを組み込むべく大量のSer-tRNA Serが存在する. SelAがSertRNASerに対して働いた場合,最終的にmRNAのセリンのコドンにセレノシステインを導入してしまうことになる.このため, SelAは大量のSer-tRNA Serとは相互作用せず, Ser-tRNA Secとのみ結合する必要があるため, tRNA Secに対して,きわめて高い特異性が要求される.また,セリンを直接セレノシステインに変換する反応機構も重要である.まず,セリンの水酸基を脱離させ,続いてセレノリン酸を付加する反応機構が示されている. 5)一般に,水酸基の脱離は困難で, PLP酵素のなかでも水酸基を脱離できるものは限られている.真核生物/古細菌ではこれら2つの問題をPSTKが解決している. PSTKはSer-tRNA Serをリン酸化する酵素である. PSTKとtRNA Serの複合体の結晶構造により, PSTKのtRNA Sec識別機構が明らかになっている. 13)続くSepSecSはリン酸基に依存して,リン酸化セリンをセレノシステインに変換する.リン酸化セリンを結合しているtRNAはほかに存在しないため, SepSecSにはtRNAに対する高い特異性は必要ない.また,リン酸基は水酸基より良い脱離基であるため,セレノシステインへの変換も容易になっている.一般にタンパク質とRNAの複合体の結晶構造解析は困難である.また,巨大なSelA単独の結晶構造解析も困難であるため, SelAとtRNA Secの複合体は非常に困難であり,その解明が待たれていた.4.2方法まず, A. aeolicusのSelAとtRNA Secを混合し,結晶化に成功したものの,分解能は15 A程度であった.次に好熱性細菌であるThermoanaerobacter tengcongensisのtRNA Secを試した. A. aeolicusのSelAとT. tengcongensisのtRNA Secを結晶化し,最終的に分解能7.5 Aまでの回折データを得た. T. tengcongensisのtRNA SecのエキストラアームはA.aeolicusのものより短いため,より結晶化に適していたと思われる.なお,後述のとおりSelAはエキストラアームと相互作用しない.さらなる分解能の改善を試みたが,成功しなかった.位相はSelA単独の構造を用いた分子置換法で決定した. 17)4.3 SelAとtRNA Sec複合体の立体構造4.3.1全体構造10量体であるSelAに10個のtRNA Secが結合していた(図7). 17)分解能7.5 Aでは,個々の原子の座標を特定できないが, SelAとtRNA Secの両方の立体構造もそれぞれ解明し,複合体における各アミノ酸残基,ヌクレオチドの位置を特定することができた.複合体の総分子量は800 kDaに達する巨大なものであった.これは細菌リボソームの小さいほうの粒子である30 Sサブユニットに匹敵する大きさである.1つのtRNA Secに注目すると, SelAの4つのサブユニット(サブユニットA~D)にまたがって結合していることがわかった(図7).サブユニットAのN末端ドメインが190日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)