ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3

ページ
46/94

このページは 日本結晶学会誌Vol56No3 の電子ブックに掲載されている46ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

日本結晶学会誌Vol56No3

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

日本結晶学会誌Vol56No3

日本結晶学会誌56,186-193(2014)総合報告21番目のアミノ酸,セレノシステイン合成の分子機構東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻伊藤弓弦*東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻,理化学研究所生命分子システム基盤研究領域横山茂之**Yuzuru ITOH and Shigeyuki YOKOYAMA: The Molecular Mechanism of the Synthesisof the 21st Amino Acid, SelenocysteineSelenocysteine(Sec)is the 21st amino acid that is incorporated into proteins translationally.The selenocysteine tRNA(tRNA Sec)is first ligated with serine by seryl-tRNA synthetase, and theSer moiety is converted to Sec in a tRNA-dependent manner. In Bacteria, the selenocysteinesynthase SelA converts Ser to Sec directly, whereas in Eukaryotes and Archaea, phosphorylationof the Ser moiety is required prior to the Sec conversion. In this review, we describe the crystalstructures of SelA, bacterial tRNA Sec , and the SelA?tRNA Sec complex. Based on the crystal structuresand mutational analyses, the substrate discrimination and reaction mechanisms are discussed.1.はじめに1.1必須元素セレンセレン(Se)はヒトの健康に必須な微量元素である.セレンは食事を通して摂取できるため,欠乏することはまれであるが,欠乏の症状として貧血,高血圧,がん,精子減少,早老,関節炎などがある.一方,過剰に摂取すると中毒を引き起こす有毒な元素でもある.セレンは体内ではセレノシステイン(Sec)というアミノ酸を構成し,限られたタンパク質に含まれている. Secを含むタンパク質はセレノタンパク質と呼ばれ,主に酸化還元反応を担う酵素であり,セレンが必須元素である理由となっている.ヒトでは25種類のセレノタンパク質が知られている. 1)セレンは周期律表では酸素,硫黄の下に位置する酸素族元素で,硫黄と似た性質をもつ. Secはセリン(Ser)の酸素またはシステイン(Cys)の硫黄がセレンに置き換わったアミノ酸である(図1). Secのセレノール基はシステインのチオール基より電離しやすい(pKa 5.2 vs 8.3)ため,より反応性が高い.セレノタンパク質はセレンの高い反応性を利用して,抗酸化作用など重要な機能を発揮している.図1セリン,システイン,セレノシステインの構図式.(Structuresofserine,cysteine,andselenocysteine.)*(現)InstitutdeGeneiqueetdeBiologieMoleulaireetCellulaire**(現)理化学研究所横山構造生物学研究室1.2 21番目のアミノ酸セレノシステインタンパク質はアミノ酸が連なった物質である.通常,アミノ酸は20種類で,これらのアミノ酸の並びはDNA遺伝情報の転写物であるメッセンジャーRNA(mRNA)に規定されている.しかし, 20種類の標準アミノ酸に加え,さらに2種類のアミノ酸がmRNAにコードされ,限られたタンパク質に含まれることが明らかになっている.これらのアミノ酸は,セレノシステイン(Sec)とピロリジンであり,それぞれ21番目, 22番目のアミノ酸と呼ばれている.ピロリジンはきわめて限られた古細菌と細菌にのみ存在するのに対し,セレノシステインはヒトを含めた真核生物,古細菌,細菌* 1に幅広く存在する.1.3 Secの合成と組み込み機構セレノシステインはmRNAのUGAコドン* 2にコードされており,セレノシステインの転移RNA(tRNA)* 3であるtRNA SecはUGAに相補的なアンチコドンUCAをもつ(図2, 3).通常のアミノ酸のtRNAの場合,対応するアミ*1*2真核生物,古細菌,細菌:真核生物は細胞内にDNAを収納した核という小器官をもつ生物の一群.ヒトを含む多細胞動物,真菌類(カビやキノコ),植物,原生動物などが属する.古細菌はアーキアとも呼ばれる微生物の一群.真核生物,細菌とともに生物を分類する3つの大分類群の一員である.核をもたない点で真核生物と異なるが,アミノ酸やタンパク質の合成など基本的なシステムは真核生物と酷似しており,細菌よりも真核生物に近縁である.メタン菌,好塩菌,超好熱菌など極限環境に生息するものが多い.細菌はバクテリアや真正細菌とも呼ばれる核をもたない微生物の一群.大腸菌,枯草菌(納豆菌),乳酸菌,サルモネラ菌などが属する.コドン:DNAを転写したmRNAはタンパク質のアミノ酸配列の情報を保持している. mRNAはA, U, G, Cの4種類のヌクレオチドが多数連なったものであり,このうち3組のヌクレオチドをコドンと呼び,それぞれ1つのアミノ酸を規定している.例えば, AGCはセリンのコドンである. 64種類のコドンのうちの3つはアミノ酸連結の終結を意味しており,終止コドンと呼ばれる.186日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)