ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3
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日本結晶学会誌Vol56No3
地球深部科学と結晶学―高圧下のX線実験と中性子回折実験―図7 2012年秋に行われたPLANETビームラインの完成式.(Completion ceremony for the PLANET beamline held in 2012.)さまざまな試練を乗り越え,やっと2012年秋に完成式まで漕ぎつけた.図8 PLANETで測定した高温高圧下の中性子パターン.(Neutron diffraction data under high P?T conditionobtained at PLANET.)Ca(OD)2の3 GPa, 773 Kまでにおける中性子回折パターン.圧媒体やヒーターなどに囲まれているにもかかわらず,試料からの回折線だけが明瞭に観察されている.(出典:Nagai et al., in preparation)や分解能もほぼ設計どおりの性能が得られたが,これは光学系の設計をはじめ,試料と検出器の間に設置した試料からの回折線だけを通すラジアルコリメータなどが,期待どおりにうまく働いたことを示している.6.今後の展望このようにさまざまな危機を乗り越え,やっとのことで稼働に漕ぎつけたPLANETであるが,まだまだ課題も山積している.まず図8に示したパターンから結晶学的情報を得るにはリートベルト解析によって各回折線の強度測定を行うが,それには一様な粉末回折パターンを得るこ日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)とが必要で,かつ正確にバックグラウンドを差し引く必要がある.しかし試料を高温高圧下に保持すると,しばしば粒成長や非静水圧性に起因する選択配向などが起きてしまう.また加圧とともに圧媒体など試料を取り巻く環境も変化するので,バックグラウンドを正確に引くためにどのような測定法をするのが良いのか,といった問題も解決しなければいけない.さらに,中性子実験では試料の放射化という問題が生じるため, X線実験より格段に厳しいさまざまな安全上の問題をクリアーしなければいけない.もともと高圧実験では試料室から高圧下の試料が急激に流れ出す「ブローアウト」と呼ばれる現象が,ある確率では不可避である.しかし放射化した物質が実験ハッチ内に飛散することは,安全のため当然ながら防がねばならない.さまざまな安全上の工夫を凝らしながら,より高い圧力・温度条件での実験技術を開発していくことが今後も必要とされる.地球の深部に対応するP?T条件下での実験を行えるようにするには,まださまざまな技術開発が必要となろう.とは言え,現在すでに従来まったく考えられなかった測定,例えば含水鉱物中の水素結合や鉄水素化物の高圧下の挙動に関して,いくつかの興味深い測定結果も出始めている.水素結合は, H 2Oというその簡単な化学組成にもかかわらず氷が10種類以上の多彩な相をもつことや,鉱物の性質が微量の水の存在によって大きく変化する重要な原因の1つと考えられているが,まだ結晶中におけるその振る舞いの理解は緒に就いたばかりである.また,リチウム電池などに見られるように,リチウムやボロンなどの軽元素は今後材料科学でも一層重要な役割を果たしていくと考えられているが,従来のX線ではその振る舞いを明確に把握することは難しい.地球科学だけでなく,物理や材料科学の分野でも近年,圧力をパラメータとした実験が不可欠になってきており,高圧下での中性子実験が果たす役割はますます増大していくであろう.またPLANETでは,高圧下の中性子ラジオグラフィーの準備も進めている.元々は水の量が大きく異なる2種類のケイ酸塩融体の振る舞いを研究するために計画されたものだが,中性子はX線とはまったく違うコントラストを与えるために,ほかにもさまざまな応用が考えられる.これはまだ世界中どこにもない装置なだけに,今後の展開が楽しみである.今まで紹介してきたように, PLANETは主として地球科学分野の研究者が発案し,協力して作りあげたてきたものであるが,その利用に関しては,決して地球科学分野に限定されたものではない.完成後はJ-PARCの共用ビームライン装置の1つとして運営されており,プロポーザルが認められれば,誰でもマシンタイムの配分を受けることができる.今後も地球科学に限らず広い分野で新しい成果を上げていくことが期待されており,本稿がさまざまな分171