ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3
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日本結晶学会誌Vol56No3
地球深部科学と結晶学―高圧下のX線実験と中性子回折実験―図4ケイ酸塩・鉄系高温高圧実験の回収試料.(Samplesrecovered from high P?T experiments of iron-silicatesystem.)FeとMgSiO 3の粉末を混合した試料を5 GPa, 1500℃に保持後急冷回収した試料の断面.無水(左)では出発物質のまま変化していないが,数%の水を加えた場合(右)は,融点が大きく下がってまったく違った組織になる.地球の生成初期に起きたマントルとコアの分離も,似たような過程で起きたと考えられる.5 GPa, 1800 Kに保持したあと急冷回収した試料の断面を示した写真で,左側が無水のまま,右側がそれに約3%のH 2Oを加えたものである. 6)無水ではそれぞれの粉末を混合した出発試料がそのまま回収され何も変化は起きていないが,それにわずかに水を加えただけで,まったく同じP?T条件でもケイ酸塩も鉄も完全に融解してしまい,鉄の粉末は合体して球となり試料室の底に沈んでいる様子が見て取れる.これは両者とも水素の存在によって融点が数百度も低下したためである.しかしケイ酸塩のほうは含水鉱物となってクエンチできるものの,鉄のほうは回収すると水素は完全に抜けて出発物質と同じ純粋の鉄が回収されるだけで,高圧下で生成したはずのFeH xの様子を知ることはできない.原始地球に集積した主な物質は, MgSiO 3に近い組成のケイ酸塩と鉄であるが,水も少し含まれていたと考えられている.当初はこれらの物質が一様に混ざって集積したが,集積に伴う温度上昇によって融解し,重力による分離で鉄が中心部に沈み,現在の地球のような鉄の核とケイ酸塩のマントルという層状構造が形成されたと考えられている.図4は,実はこのような地球誕生の歴史において,マントルと核が分離・生成する過程を解明する研究の一環として行われたものである.4.2 X線と中性子線このケイ酸塩と鉄の混合系のふるまいを高圧X線実験で調べたところ,高圧下では鉄が水素化して通常とは異なるdhcp構造になっていることが明らかにされた. 7)しかしX線は原子中の電子によって回折され,その回折強度は電子の数に比例するため,電子を1個しかもたない水素は,X線の回折にはほとんど寄与しない.そのためX線では,FeH x中の水素の量や詳しい結晶構造を明らかにすること日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)はできない.一方,中性子線はX線と同様原子によって散乱され回折現象を起こすが,中性子は電荷をもたないため,電子ではなく原子核との相互作用で散乱される.そのため中性子実験ではX線に較べて水素などの軽元素の情報を得やすく,さらに同位体の違いも明らかにできるといった特徴をもっている.その特徴を活かして, X線ではなく中性子を用いた結晶構造の研究も広く行われてきたが,従来は原子炉が中性子源として使われ,ビームの輝度が低いため, X線に較べて桁違いに大きな1 cmサイズの試料が必要とされていた.4.3今までの高圧中性子回折実験高圧実験では一般に,加圧できる試料の量は圧力とともに減少する.そのため1 cmサイズの試料を必要とする中性子回折実験は数GPaまでの圧力領域でしか行われず,地球深部物質の研究にはほとんど使われていなかった.しかし上に述べたように,地球内部を物質科学的に研究しようとすると水素や水の様子を原子レベルから解明することは重要であり,それには中性子をプローブとした研究が欠かせない.そこで計画されたのが,東海村に建設された高強度パルス中性子源を利用した,新しい高圧下の中性子回折実験装置の建設であった.5.高圧下の中性子回折実験:PLANETの建設5.1 J-PARCとPLANET建設計画線形加速器で高強度の陽子ビームを生成し,それをターゲット物質に照射して発生する各種の粒子線をさまざまな研究に使おうというJapan Proton Accelerator ResearchComplex(J-PARC)の建設が2000年頃に開始された.そこには,水銀をターゲットにして生成するパルス状中性子ビームを利用する施設, Materials and Life Science Facility(MLF)も建設されることになった.この施設では従来の,原子炉から連続的に発生する中性子とは異なり,陽子ビームを打ち込むターゲットから25 Hzで中性子がパルス状に発生するため,そのピーク強度は従来の原子炉からのそれに比して約100倍にもなり, Time of Flight(TOF)法により広いエネルギー領域の中性子を有効に利用する測定法と組み合わせ,従来よりずっと小さな試料でも測定が可能になる.そのためこの施設を利用して,地球深部と同様の高温高圧下で中性子実験ができる装置を建設したいという構想が,地球科学の若手研究者を中心にもち上がった.高圧X線実験の発展とそれに伴う地球深部科学の進展を振り返れば,新たに中性子を研究のプローブとして手に入れることが,この分野の一層の発展に重要なことは明白であろう.このような経緯のもとに,高圧実験に特化した新しいビームラインの建設計画が始まった.5.2 PLANETの建設まず最初のステップは, J-PARCに高圧専用ビームライ169