ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3

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日本結晶学会誌Vol56No3

特集:鉱物学と結晶学日本結晶学会誌56,158-165(2014)共鳴散乱と結晶構造解析東京工業大学応用セラミックス研究所奥部真樹,佐々木聡Maki OKUBE and Satoshi SASAKI: Resonant X-ray Scattering and Crystal StructureAnalysesResonant X-ray scattering techniques were applied for crystal-structure analyses fordetermining the valence state, charge ordering and magnetic structures in various minerals andinorganic compounds. The article includes the topics on absorption edge, Kramers-Kronigrelation, anomalous scattering factors, two-wavelengths anomalous dispersion method, valencedifferencecontrast method, resonant scattering in electronic transition and resonant X-raymagnetic scattering.1.はじめにX線が物質に入射すると吸収が起こる.吸収は元素固有のX線エネルギー(吸収端)で特に大きくなる.このとき, X線の振動と原子の固有振動とが共鳴し,その効果で屈折率や散乱能も急激に変化する.この共鳴効果は異常分散と呼ばれ,古くから結晶構造解析に用いられてきた. 1)1951年に酒石酸の絶対構造が初めて解析されたほか, 2)固溶体での陽イオン占有率の決定や未知構造の決定など,現在までさまざまな研究に利用されてきている.共鳴現象を利用して化合物中の異常散乱元素に着目した構造解析を行うことを異常分散法と呼ぶ.全電子の散乱を扱うX線回折で原子の酸化状態や磁気状態を調べようとしても,少量の価電子や磁性電子の差を有意義に議論することは一般には困難である.しかし,異常分散にかかわる原子散乱因子をうまく使うと,通常の実験室X線では散乱能の差が小さくて区別し難い元素や同じ元素の価数が異なるイオンに対し,散乱能に十分な差をつけた結晶構造解析が可能になる.物質内電子の振動とX線振動の共鳴を利用するので, 3)この散乱現象を共鳴散乱(異常散乱)という.原子散乱因子の中で電気的な共鳴散乱に係る部分を異常散乱因子と呼ぶ.共鳴散乱の利用には,特性X線が利用できる波長を除き,十分な強度でエネルギーを選択できる放射光X線が必要である.X線吸収端近傍構造(XANES)領域で異常散乱因子の差を利用すると,分光法を取り入れたX線回折や結晶構造解析が可能になり,特別な電子遷移にかかわる電子軌道の空間情報を解析できる.ここで取り上げる例は,(1)陽イオン占有率の決定,(2)価数の異なるイオンをX線的に区別する原子価差コントラスト(Valence DifferenceContrast;VDC)法,(3)遷移金属原子の電子遷移や電子軌道と関連づけた結晶構造解析,(4)X線共鳴磁気散乱による磁性結晶の完全構造解析,についてであり,現在まだ道半ばの研究も含まれる.本稿では,われわれの実験結果を中心に,主として放射光単結晶法での構造解析を扱い,機能性材料としての物性発現が期待できる鉱物や無機化合物を対象とする.2.共鳴効果について2.1原子散乱因子X線は原子を構成する電子で散乱される.その原子による散乱強度I atomは,Iatom = f 2 Ie(1)と, 1個の孤立電子による散乱I eからの“ずれ”で表現され,そのずれは原子内の電子分布を反映しており,原子散乱因子fで扱う. X線のエネルギーが吸収端から十分に離れているときは, fを弾性散乱(Thomson散乱)のみで近似図1異常散乱因子f'とf".(Anomalous scattering factorf' and f".)(a)Fe原子の理論計算,(b)Niフェライト中のFeでのKramers & Kronigの分散関係.158日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)