ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3
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日本結晶学会誌Vol56No3
中塚晃彦けでなくAlにも高温において有意な非調和熱振動の可能性を示している点で彼らの結果とは異なる.対照的に, Oとの間で強固な結合をもつSiにおいては,図7を見る限り高温でも有意な非調和性は現れていないように思える.これら高温での非調和熱振動の可能性については,今後さらに検討が必要である.4.今後の展望図7高次項テンソル係数γijkおよびδijklの温度依存性. 2)(Temperature dependence of higher-rank tensorcoefficientsγijk andδijkl.)れに加えて次の観測事実から,各原子において低温でさえ観測されるPDFの変形はそれらの静的変位に起因すると考えられる.(1)図5bに例示した97 Kにおける非調和解析後の差フーリエ図において,図5aに例示したMgの静的変位に起因する残差ピークが消失した.(2)すべての原子(Mg, Al, Si, O)において, MSDは有意な静的変位成分を含む.このように,本研究において,室温程度の温度では非調和熱振動の可能性を示す結果は得られなかった.ところが一方,図7に示したMg, Al, Oのγijkおよびδijklの多くは, 800 K以上では温度上昇に伴い,わずかであるが有意に0からのずれが系統的に大きくなっていくように見える.このような高温での振る舞いは,熱振動への非調和性の出現を示しているのかもしれない.この結果は, 700 K以上でMgのみ, 11)あるいは, MgとOの両方12)に非調和熱振動の出現を示唆した既報の研究結果と部分的に一致している.しかし,われわれの結果は, MgやOだ本研究において,鉱物結晶学分野で長年論争されてきたMg 3Al 2Si 3O 12ガーネット中のMgの特異な原子変位挙動について,「Mgはその平均位置周りで静的な無秩序分布(静的変位)している」という結論に至り,この未解決問題に対して決着をみたと考えている.これまで,本研究と同様のアプローチでこの問題の解決を試みた報告はいくつかあったが, 11),12)どれも満足いく結果ではなかった.紙面の都合上詳細を記せなかったが,本研究において解決に至った要因は,低温・高温下での単結晶X線回折実験・解析技術を高度化し,低温から高温に至る各温度でDebye-Waller因子を高精度で決定できたことに尽きると考えている.ただ,本研究で用いた窒素ガス吹付け法では測定可能な温度域は1000 K程度までに限られるため,高温における原子の非調和熱振動についてはその可能性を示唆したに留まり,その確固たる証拠を得たわけではない.Mg 3Al 2Si 3O 12に限らず,鉱物結晶,特に地球内部物質は“硬い”ものが多く,これらの非調和熱振動を議論するにはさらなる高温に及ぶ測定が必要である.また,相転移研究を行うにしても, 1000 K程度までの温度域では相転移が生じるものは石英など少数に限られ,鉱物結晶の相転移は少なくとも1500 K以上で起こるものが多い.粉末回折技術の最近の進歩により,このような高温でのリートベルト解析の例17)が報告されてはいるが,解析結果,特にDebye-Waller因子から抽出できる情報量とその精度は単結晶法には及ばない.今後,より精密な相転移情報の獲得とそのメカニズムの解明には, 1500 K以上の高温が達成可能な単結晶X線回折実験用の加熱装置の開発が必要である.さらに,相転移には原子の非調和熱振動が重要な役割を果たしている場合も多く,そのような高温でのDebye-Waller因子の精密決定には,回折実験・解析技術の高度化がなお一層必要となる. 1980~1990年代初頭にかけて一時,鉱物結晶学分野において, 2000 K程度の高温が達成可能なガスフレーム法18)やレーザー加熱法19)などを利用した高温装置の開発とそれらを用いた高温単結晶X線構造解析が行われた時期があったが,現在では鳴りを潜めている.そのような高温での単結晶X線構造解析を復活させ,本稿で示したようなDebye-Waller因子の精密決定がそのような高温で実現できれば,地球内部物質の高温での構造変化・相転移のメカニズムが熱振動との関連からよりミクロな視点で理解でき,地球内部の物質156日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)