ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No3

ページ
12/94

このページは 日本結晶学会誌Vol56No3 の電子ブックに掲載されている12ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

日本結晶学会誌Vol56No3

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

日本結晶学会誌Vol56No3

中塚晃彦温度と静的変位成分の異方性が各原子に対して求まる.一方,あらゆる方向に対して平均化されたMSDに相当する等価ADP(U eq)に対してDebyeフィットを行えば,あらゆる方向に対して平均化された(等方的な)Debye温度と静的変位成分が各原子に対して求まることになる.よって,U eqから求めた各原子のDebye温度を原子数に応じて加重平均した値は,体積熱膨張などから求めたマクロなDebye温度に対応していると考えられる.2.3一粒子ポテンシャル熱振動によって原子が平衡位置からuだけ変位する際,周りの原子からの相互作用は次の熱振動ポテンシャルによって表される.V ( OPP u )=α2u +β3u u(4)! +γ4!+ L2 3 4ここで,α,β,γはポテンシャル係数である.このポテンシャルは一粒子ポテンシャル(OPP)と呼ばれ,各原子が独立に振動しているEinsteinモデルを仮定している.これは,量子効果が効かない高温における原子の熱振動モデルに対応している.三次項以上は非調和項である.調和熱振動を仮定する場合には二次項までが考慮され, OPPは二次関数で表される.量子効果が効かないT>ΘDの高温域では,動的変位成分(熱振動成分)は〈u 2〉d={3h 2 /(mk BΘ2 D)}Tで直線近似でき(図1),調和型のOPP[V OPP(u)=(α/2)〈u 2〉d]を仮定するとき,直線の傾きはk B/αに等しい. 3)よって, OPP係数αはDebye温度ΘDと次式によって関係づけられる.2 2α= mk BΘD23h(5)式(5)のΘDに対して, U eqから求めたDebye温度を用いれば等方的なポテンシャルが,特定方向のMSDから求めたDebye温度を用いればポテンシャルの異方性が各原子に対して決定できる.αは力定数に相当し,結合の強固さなど周りの原子からの相互作用の大きさを知る指標となる.ただし, XAFS法などで決めた2体ポテンシャルとは異なり, OPPでは振動の原子相関が考慮されていないことに注意が必要である. 5)3.Mg 3 Al 2 Si 3 O 12ガーネットにおける原子変位挙動パイロープという鉱物名で知られるMg 3Al 2Si 3O 12ガーネットは地殻~マントル遷移層の主要構成鉱物の1つであり,その精密構造を知ることは地球内部の物質構成・物性・ダイナミックスを理解するうえで重要である.ここでは,上記の手法を鉱物結晶に適用した例として,Mg 3Al 2Si 3O 12の原子変位挙動に関する研究2)を紹介する.3.1ガーネットの結晶構造とその特徴ガーネット(ⅧAⅥ3 BⅣ2 C 3O 12;立方晶系,空間群Ia3 _ d)図2(010)面に平行にスライスしたガーネット構造.(Garnetstructure sliced parallel to(010)plane.)中の陽イオンA, B, Cは,それぞれ24c席(0.125, 0, 0.25:8配位席), 16a席(0, 0, 0:6配位席), 24d席(0.375, 0,0.25:4配位席)を占め, O 2?イオンのみが一般位置96h席(x, y, z)を占有している(図2). CO 4四面体とBO 6八面体とはすべての頂点を共有して三次元的フレームワークを形成し,その間隙を埋めるようにAイオンが8配位席を占有している.その結果, AO 8十二面体は隣接するBO 6八面体, CO 4四面体そしてほかのAO 8十二面体との間で多くの稜を共有することになり,これがガーネット構造の大きな特徴である. Paulingの第3則6)の拡張則であるPauling-Baur則7)に記されているように,これら共有稜を挟む陽イオン間斥力がガーネット構造の安定性に重要な役割を果たし,さまざまな構造変化・構造特性に影響を与える. 8)3.2 Mg 3Al 2Si 3O 12の原子変位における問題点Mg 3Al 2Si 3O 12において, 8配位席をMg, 6配位席をAl,4配位席をSiが占有している.しかし, Paulingの第1則6)(半径比則)の観点から見れば, Mgのイオン半径にとって8配位席はあまりにも大きく, Mgは6配位をとるのが妥当であるので,この化合物におけるMgの配位環境は異常とも言うべきである.このような異常な配位状態のため, Mgにおいて,非調和性の寄与の可能性も含めた大きな動的変位(熱振動)あるいは静的変位(配置の乱れ)のいずれかが生じているのではないかという可能性がこれまで示唆されてきた.実際,これらの可能性を示唆する実験的データとして, Mg 3Al 2Si 3O 12におけるMgのADPはほかの珪酸塩ガーネットの8配位イオンのものに比べて異常に大きく, 9)-12)また低温における熱容量も異常に高い13)ことが報告されている.これらの観察がMgの原子変位の静的な性質14)あるいは動的な性質9)-12)のどちらに起因しているのかという疑問について, 1960年代以降長年にわたって論争されてきた.われわれは,この問題を解決すべく, 97~973 Kにわたる広い温度範囲で単結晶X線構造解析を行った.152日本結晶学会誌第56巻第3号(2014)