ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

北野健欠損させると, BLMの解きほぐし活性はなくなることが報告されている. 6)BLMが変異したブルーム症候群では,ダブルホリデイジャンクションが解きほぐせないためヌクレアーゼで切断するしかなく(3’),その結果,ガンを誘発する組換え異常がゲノムに蓄積すると考えられる.4.2 WRNとテロメアWRNとBLMは, 2つの遺伝病の存在が示すとおり,それぞれの変異欠損を互いに補い合うことができない.すなわち細胞で異なる役割を担っていると考えられる. BLMがダブルホリデイジャンクションの解きほぐしに必須であるのに対して, WRNの本来の基質がどのようなDNA構造なのか,はっきりとはわかっていない.しかし特に関係性が指摘されているのは,染色体末端のテロメアである.テロメアはその長さが細胞寿命に関係することから,“老化時計”ともよばれる重要なゲノム部位である.一方で, DNA複製が特に困難な領域としても知られている.その理由の1つが,テロメアループ(T-ループ)とよばれる投げ縄のような構造(図6B左)である. T-ループは,損傷に弱いDNAの最末端をループ内に隠して守る目的で形成されているが,その特殊な構造ゆえ,通常のヘリカーゼにはほどくことができない.このT-ループを,複製時に解きほぐしているタンパク質の候補として, WRNが有力視されている.実際, WRNは試験管内で, T-ループの分岐点構造(図6B右;D-ループとよばれる)をほどくことができる. 8)この分岐点をホリデイジャンクションと見比べてみると,実は構造的に似ていて,たしかにRQCドメインのβ-wingを差し込めば,解きほぐしが可能ではと思われる.WRNが変異したウェルナー症候群では,複製時のT-ループ解きほぐしがうまくいかずに,テロメア長の欠落が進みやすく,早老症の一因となっているのかもしれない.5.おわりにWRNとBLMの構造解析が進んだことで, RecQファミリー特有のヘリカーゼ反応の仕組みが明らかとなってきた.特に,ユニークな形状のβ-wingを備えたRQCドメインが,細胞の健康維持に重要な役割を果たしていることがわかってきた.ヒトでは,このようにDNA鎖の狭い隙間に作用できるタンパク質が限られているため, WRNとBLMのいずれかに変異が起こると,染色体の随所に不具合が残ってしまい,その結果,早老症やガンの病気が引き起こされるのであろう.また今回は触れられなかったが, WRNとBLMは,グアニン4重鎖(G-quadruplex;G4)とよばれる特異なDNA構造も巻き戻すのに加えて,ほかの核内タンパク質と相互作用ネットワークを形成することで,さらに広範なDNA修復反応に関与することが明らかとなってきている. 6)引き続き, DNAおよびほかの結合タンパク質との複合体結晶化が期待されている.最後に, WRNとBLMは難病の原因タンパク質である一方で,最近では,一般人に対する新しい抗ガン剤ターゲットとしても注目を集めている.ガン細胞ではDNA複製が活発なため, WRNとBLMによる解きほぐしの反応も,通常の細胞より高頻度に要求される.実際,多くのガン細胞では両タンパク質の高発現がみとめられる.したがって片方だけでもヘリカーゼ活性を阻害できれば,ガンの増殖抑制につながると期待されるわけである.実際すでに,欧米のグループによってWRNとBLMの特異的阻害剤(低分子化合物)が見出されており, 9),10)細胞レベルでのガン抑制効果が報告されている.今後,ドラッグデザインに向けた阻害剤との複合体結晶化も,重要な研究テーマとなろう.文献1)K. Kitano, S. -Y. Kim and T. Hakoshima: Structure 18, 177 (2010).2)K. Kitano, N. Yoshihara and T. Hakoshima: J. Biol. Chem. 282,2717 (2007).3)S. -Y. Kim, T. Hakoshima and K. Kitano: Sci. Rep. 3, 3294 (2013).4)A. Sato, M. Mishima, A. Nagai, S. -Y. Kim, Y. Ito, T. Hakoshima,J. -G. Jee and K. Kitano: J. Biochem. 148, 517 (2010).5)G. M. Harami, M. Gyimesi and M. Kovacs: Trends Biochem.Sci. 38, 364 (2013).6)N. B. Larsen and I. D. Hickson: Adv. Exp. Med. Biol. 767, 161(2013).7)Y. Liu and S. C. West: Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 5, 937 (2004).8)P. L. Opresko, et al.: Mol. Cell 14, 763 (2004).9)M. Aggarwal, J. A. Sommers, R. H. Shoemaker and R. M.Brosh: Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 108, 1525 (2011).10)G. H. Nguyen, et al.: Chem. Biol. 20, 55 (2013).プロフィール北野健Ken KITANO奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科Graduate School of Biological Sciences, NaraInstitute of Science and Technology〒630-0192奈良県生駒市高山町8916-58916-5, Takayama, Ikoma, Nara 630-0192, Japane-mail: kkitano@is.naist.jp最終学歴:京都大学大学院理学研究科博士課程専門分野:タンパク質とDNAの結晶構造解析現在の研究テーマ:ゲノム疾患の構造生物学趣味:テニス,釣り138日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)