ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

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概要

日本結晶学会誌Vol56No2

横山武司,水口峰之,日下勝弘,田中伊知朗,新村信雄のが難しい.実際,これまでに数多くのTTR結晶構造が明らかにされてきたが,その詳細は明らかになっていない.タンパク質におけるpH依存性は主に酸性・塩基性アミノ酸残基のプロトン化状態が変化することに由来する. 10)TTRにおけるpH依存的構造安定性を構造学的に理解するためには水素原子やプロトン化状態の情報が必要である.そこで筆者らは,中性子結晶構造解析によってpHとTTRの構造安定性の関係を明らかにすることを考えた. X線は電子によって散乱されるが,中性子は原子核によって散乱される.したがって,中性子を用いれば水素原子を比較的容易に観測できる.例えば2.0 A分解能のデータでもプロトン化状態や水分子の方位を決定することが十分に可能である.本稿では,大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に建設された茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)を利用してTTR単結晶の中性子回折データを収集し,構造解析によって明らかにしたTTRにおけるプロトン化状態,水素結合ネットワーク, pH感受性について議論する. 11)2.中性子結晶構造解析2.1大型結晶作製一般的に,中性子回折データを収集するためには1 mm 3以上の結晶を用意することが望ましい.また,中性子は(軽)水素原子によって強い非干渉性散乱を起こし,タンパク質結晶の回折点が埋もれてしまう.重水素であればこの問題を回避することができるため,結晶化に使用する試料はすべて重水素置換するか,重水で調製した結晶化剤・緩衝液を用いる.これまでにTTRの中性子結晶構造解析の成功例はなく,まずは生理条件に近い中性付近での結晶化を試みた. TTRの大型結晶は, 5 mLのリザーバー溶液(1.85 Mクエン酸3アンモニウムpD 7.4)と平衡化した400μLのドロップレット(9.5 mg/mLタンパク質, 1.0 Mクエン酸3アンモニウムpD 7.4, 0.2 M塩化マグネシウム)から得られた.結晶は2~3週間程度で析出し始め,3カ月程成長を続けて最終的に2.5 mm 3まで成長した(図2a).結晶を石英キャピラリーに封入して常温で回折測定を行った.2.2中性子回折測定J-PARCはパルス中性子を供与しており, iBIXでは飛行時間測定法で中性子データを収集する.これは中性子がエネルギーによって異なる速度で飛行することを利用したものであり,白色中性子によるラウエ回折を時分割測定できるため,効率良くデータを収集できる.データ収集時の波長範囲は2.7~6.7 Aで, 41セット(結晶方位)を13台の検出器を用いて収集した. 1セット当たりの照射時間はJ-PARCの加速器出力が120 kWの時で20時間, 220 kWのときで12時間とした.全体的に回折強度が弱いものの図2(a)TTR結晶写真.(Photograph of TTR crystal.)(b)iBIXで測定した回折像.(Diffraction image collectedat iBIX.)(全体のI/sigma(I)=4.3,最外殻:1.5),それぞれの回折点は鋭く観測できているため,構造解析が十分に可能であることがわかる(図2b). 2.0 A分解能までのデータを用いて積分強度計算を行った結果, R symが19.1%,完全性が86.4%だった.常温のX線結晶構造を初期モデルに用いて構造精密化を行い,最終的なR factorとR freeはそれぞれ23.4%, 27.2%だった.3.TTRの中性子結晶構造3.1水素結合ネットワークとpH感受性タンパク質に含まれるアミノ酸残基のなかで中性付近のpK a値をもつのはヒスチジン側鎖(とN末端アミノ基)であるため,まずヒスチジン側鎖のプロトン化状態の決定を試みた.ヒスチジン側鎖の(重)水素原子をオミットして計算した差フーリエ図から,すべてのヒスチジン残基のプロトン化状態を決定することができた.同様に,水分子の方位も重水素原子をオミットして計算した差フーリエ図から決定した.観測された55の水分子の内, 14分子をDODとして精密化することができた.これらの中で最も興味深いのがHis88とその周辺の水分子である. His88のNε2原子はプロトン化されている一方で, Nδ1原子はプロトン化されておらずアクセプターとして水分子と水素結合を形成していた(図3).この水分子はさらに2つの水分子, Thr75とTrp79の側鎖, Ser112とPro113の主鎖カルボニル基を含めた大きな水素結合ネットワークを形成していた.この水素結合ネットワークは計8本の水素結合からなり, TTRの立体構造安定性に寄与していることが強く示唆された. pHが低下するとTTRの構造が不安定化するのは, His88のNδ1原子がプロトン化されることによってこの水素結合ネットワークが維持できないからであると推測される.実際に酸性pH下でHis88がダブルプロトン化されうるのかを検証するために, pH 4.0での結晶構造と比較した(PDB ID:3D7P). 12)この結晶構造ではHis88を含む領域が,中性付近での結晶構造と異なっていることが知られている.したがって,これらの構造を比較することによって130日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)