ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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概要

日本結晶学会誌Vol56No2

中村照也に低下が見られたのは20残基程度であり,通常のdGMPがMutTに結合する際, 8-oxo-dGMPで見られるような大きな構造変化は起こらないことを示している.以上のことから, MutTは,リガンドの結合による大きな構造変化の結果, 1)8-oxoG塩基のN7位の水素, 2)8位の酸素, 3)8-oxoGヌクレオチドの有利なsynコンフォメーションを厳密に認識することで,その高い基質特異性を発揮していることが明らかになった.当研究室では, MutTのほかに,8-oxo-dGDP加水分解酵素であるヒトNUDT5の基質認識とユニークな加水分解反応機構を明らかにしているので,そちらについては,有森らの論文を参照されたい. 18)3.Polηのヌクレオチド転移反応機構太陽からの紫外線は, DNA上の隣り合ったピリミジン塩基の間に共有結合を生成させ,その結果生じるピリミジン二量体は, DNAポリメラーゼの複製停止を引き起こす.ヒトPolηは, 1999年に当時大阪大学の花岡グループにより,高頻度で皮膚がんを発症する色素性乾皮症バリアント群の遺伝子産物として同定された. 19) Polηは,通常の複製型DNAポリメラーゼでは複製停止が起こるシクロブタン型ピリミジン二量体に対して正確に複製することで, DNA複製停止による重篤な細胞傷害を抑制している(図6).DNAポリメラーゼは,アミノ酸配列の類似性や構造学図6図7Polηによる損傷乗り越えDNA複製機構.(TranslesionDNA synthesis by Polη.)ヌクレオチド転移反応の模式図.(Schematic viewof nucleotidyl transfer reaction.)A, Bはそれぞれ金属イオン結合部位Aサイト, Bサイトを示す.的特徴に応じてA, B, C, D, X, Yの6つのファミリーに分類され, 20),21)それぞれ細胞内で異なった役割を担っている.例えば, A, Bファミリーは主に細胞周期に伴うゲノムDNA複製を行い, XファミリーはDNA修復に関与する. Polηは,損傷乗り越え複製を行うYファミリーに属する. 22)このようなDNAポリメラーゼの多様性にもかかわらず,ヌクレオチド転移反応の触媒部位の構造は類似しており,これまでの生化学的,構造学的研究により,DNAポリメラーゼが行うヌクレオチド転移反応機構が提案されている. 23),24) DNAポリメラーゼは,鋳型鎖の塩基に相補的なdNTPを取り込み,プライマー鎖末端の3’-OHとdNTPのαリンとの間にリン酸ジエステル結合を形成して, dNTPのαとβリン間の結合を切断する(図7).その際, 2つのMg 2+依存的な, 5価のαリン中間体を経たS N2型で反応が進行すると考えられているが,この反応機構は,いずれも反応が起こらないdNTPアナログや反応を阻害する2価金属イオンとの複合体の構造を基に推定されたものであり,実際のヌクレオチド転移反応過程を観察した例は報告されていなかった.そこでわれわれは, Polηがほかの複製型DNAポリメラーゼと比較して,反応速度が遅く, 25),26)反応中の構造変化が小さいという結晶内反応を行うのに有利な特徴に注目し, 27) Polηが行うヌクレオチド転移反応過程を低温トラップ法によりリアルタイムかつ原子分解能で追跡した.3.1結晶内反応結晶内反応を追跡するには,1)タンパク質-基質複合体結晶が,反応しない状態で調製でき,その構造がこれから反応の起こる活性型であること,2)一般的にはきわめて速い酵素反応を追跡可能な時間枠で制御できること,3)反応中に結晶が壊れないことなどが必要となる.今回のPolηに加えほかの酵素の結晶内反応の経験から,結晶化溶液のpHや金属イオンはもちろんのこと,沈殿剤で用いる試薬の種類が,反応速度のみならず基質複合体構造の活性型/不活性型の違いを引き起こすことがわかっており,結晶内反応を追跡するには,反応条件の検討のみならず,結晶化条件自体の変更も必要となるケースがある.ヒトPolηの構造学的研究では, NIHのYangと現・学習院大学の花岡らによって, Polηの触媒ドメインとチミン二量体を含むDNA, dNTPアナログとの複合体構造が決定され, Polηが行う損傷乗り越え複製の構造学的基盤が明らかにされている. 28)われわれは,この結晶化条件を基に,反応が起こらない状態のPolη-DNA-基質dATP複合体を得るために,まず溶液中でのPolηのヌクレオチド転移反応のpH依存性および反応を阻害することが知られているCa 2+の濃度依存的阻害効果を調べた.その結果, pH 6.0ではPolηの活性はきわめて低く,低濃度Ca 2+でも十分に活性阻害効果があることが明らかになったため, Polη-DNA-基質dATP複合体結晶は, pH 6.0かつ30μMと低126日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)