ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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概要

日本結晶学会誌Vol56No2

DNA損傷修復に働く酸化ヌクレオチド分解酵素MutTとDNAポリメラーゼηの反応機構の解明2.2 MutTによる8-oxoGヌクレオチドの認識大きな構造変化が見られたL-A, L-D周辺に注目すると,L-A上のHis28とArg23が8-oxo-dGMPの糖とリン酸部位とそれぞれ水素結合を形成しており, Arg78と糖部位の間には,水分子を介した水素結合が見られた(図4a). L-AとL-DのClosed型への構造変化の結果,β-1,β-3,β-3’,β-5,α-2で構成されるポケットが形成され,そこにsynコンフォメーションの8-oxo-dGMPが結合していた(図4b).MutTは,大きな構造変化の結果生じた多数の水素結合によって, 8-oxo-dGMPの全体構造を厳密に認識していた(図4c). 8-oxoGの化学構造上の特徴は,グアニンのC8位に付加された酸素(O8)と,その酸化に伴ってN7位に付加された水素(N7-H)である(図1). MutTは, Asn119側鎖のOδを用いた1本の水素結合により, 8-oxoGのN7-Hを認識していた.同時に, Asn119側鎖のNδおよびPhe35主鎖により, 8-oxoGのO6, N1-H, N2-Hを認識していた.一方,8-oxoGのO8については,親水的な相互作用は見られなかったが, Phe75のフェニル基のC-H原子との弱いC-H---O相互作用に加え(C---O距離は3.4 A), Pro116, Leu82, Ile80,Ala118の側鎖とのファンデルワールス相互作用が見られた(図4d).これらのほかにも8-oxo-dGMPの糖,リン酸部位との相互作用を含めると合計12本の水素結合により, 8-oxodGMPの全体構造が認識されていた.今回明らかになったMutTの8-oxo-dGMP認識様式は, NMRによって提案された4つの複合体モデルのいずれとも大きく異なっていた(PDB ID:1PPX, 1PUN, 1PUQ, 1PUS). 10)等温滴定型熱量計を用いた実験では, MutTと8-oxo-dGMPの強い結合(?G=-9.8 kcal/mol)は,エントロピー的には不利ではあるが(-T?S=29.2 kcal/mol),非常に有利なエンタルピー変化(?H=-39.0 kcal/mol)により引き起こされることが示されている. 13)われわれの結晶構造から,不利なエントロピー変化は, 8-oxo-dGMPが結合したことによるL-AとL-Dの構造の固定化によるものであり,この不利なエントロピー変化を補うのに十分に有利なエンタルピー変化は,MutTと8-oxo-dGMP間に形成された多数の相互作用によるものだと説明できる.2.3 MutTによる8-oxoGヌクレオチドとGヌクレオチドの識別機構MutTの8-oxo-dGTPに対するK m値は, dGTPのK m値と比較して約14,000倍低い値を示す.この報告は, MutTの反応生成物8-oxo-dGMPに対するK d値(52 nM)がdGMPに対する値(1.76 mM)と比較して34,000倍低い(??Gで6.1 kcal/mol)という結果ともよく一致する. 13)今回明らかになったMutTの8-oxo-dGMP認識機構より,MutTによる8-oxoGとGの認識における主な違いは,Asn119側鎖のOδと8-oxoGのN7-H間に1本の水素結合が形成されることであり, 8-oxoGを認識するMutM,MutY, OGG1(MutMの機能的ホモログ)においても同様の認識様式が見られる. 14)-16) MutTが8-oxoGヌクレオチドと同様に, Gヌクレオチドを認識すると仮定すると,Asn119側鎖のOδとG塩基のN7間で非共有電子対同士の反発が起こるため(図5),この1本の水素結合が8-oxoGの識別に寄与している.また, MutTが8-oxoGヌクレオチドを有利なsynコンフォメーションで認識していることも基質特異性に寄与していると考えられる. Gヌクレオチドはsynおよびantiの両方のコンフォメーションをとるのに対し, 8-oxoGヌクレオチドはそのO8と糖部位が立体障害を起こすため, synコンフォメーションが有利であることが知られている. 17)このように, MutTによる8-oxoGのN7-Hの認識, synコンフォメーションの認識に加え, 8-oxoGのO8周辺の有利なファンデルワールス相互作用が8-oxoGヌクレオチドとGヌクレオチドの識別に大きく寄与しているが,これらの相互作用を生み出すMutTの構造変化もまた大きな役割を担っていると言える.これまでの報告により, 10),13) 8-oxodGMP存在下では, MutTの全129残基中,約半分の62残基において15 NとNHのケミカルシフトに変化があり, 45残基においてD 2Oを用いたNH交換速度に低下が見られる.一方, dGMP存在下では, 15 NとNHのケミカルシフトに変化があったのは22残基, D 2Oを用いたNH交換速度図4 MutTによる8-oxo-dGMPの認識.(Recognition of 8-oxo-dGMP by MutT.)水素結合を破線で示す.(a)ループ領域と8-oxo-dGMP間の相互作用.(b)Surface表示で示した基質結合部位.(c)8-oxo-dGMPの認識.(d)O8とのファンデルワールス相互作用.日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)図5 MutTによる8-oxoGとGヌクレオチドの識別.(Discrimination of 8-oxoG nucleotides from G nucleotides.)125