ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

日本結晶学会誌56,123-128(2014)総合報告(学会賞受賞論文)DNA損傷修復に働く酸化ヌクレオチド分解酵素MutTとDNAポリメラーゼηの反応機構の解明熊本大学大学院生命科学研究部中村照也Teruya NAKAMURA: Reaction Mechanisms of Nucleic Acid Enzymes, OxidativeNucleotide Hydrolase MutT and Translesion DNA PolymeraseηDNA, which carries genetic information, is easily damaged by reactive oxygen species,UV radiation and chemical agents, and DNA integrity is maintained by various nucleic acidenzymes. We carried out X-ray crystallographic studies of two types of nucleic acid enzymes,oxidative nucleotide hydrolase MutT and translesion DNA polymeraseη. In this review, I willdescribe the mechanism of high substrate specificity for oxidative nucleotides by E. coli MutTand the visualization of nucleotidyl transfer reaction by human DNA polymeraseη.1.はじめに生物が行う生命活動は,遺伝情報物質であるDNAが正確に複製・転写・翻訳されることで,高度に維持されている. DNAの複製過程においては, DNAポリメラーゼが鋳型鎖DNA上の塩基に対して,相補的なデオキシリボヌクレオシド三リン酸(dNTP)を取り込んで,プライマーDNAの3’末端に転移させることで新生DNA鎖を合成していく.しかしながら,自然界では, DNAおよびその前駆体であるdNTPは,活性酸素種,放射線や化学物質により容易に損傷を受ける.これらの損傷は, DNA複製時のエラーによる細胞死や突然変異を引き起こし,ヒトにおいては,がんや老化の原因となる.生物は,このようなDNA複製時におけるエラーを回避するために,損傷修復に働く実にさまざまな酵素を有しており,これら酵素の構造生物学的研究では,大量にある正常なDNAやdNTPの中から,わずかに存在する損傷をどのようにして識別し,酵素反応を触媒するのかを解明することが重要な課題である.これまでにわれわれは,タンパク質結晶学に加え,時分割タンパク質結晶学によって,1)活性酸素種により生じる酸化dNTPの中でも発生頻度の高い8-oxo-dGTPを加水分解することで, 8-オキソグアニン(8-oxoG)のDNAへの取り込みによる突然変異を抑制する大腸菌MutTと,2)複製型DNAポリメラーゼでは複製停止が起こる紫外線損傷のチミン二量体に対して,その損傷を乗り越えて正しく複製できるヒトDNAポリメラーゼη(Polη)について研究を行ってきた.本稿では,大腸菌MutTの8-oxoGヌクレオチドに対する基質特異性の構造学的基盤およびヒトPolηのヌクレオチド転移反応機構について報告する.日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)2.大腸菌MutTの8-oxoGヌクレオチドに対する基質特異性の構造学的基盤8-oxoGは,グアニンの8位に酸素, N7位に水素が付加したグアニンの酸化体であり, DNAの酸化損傷塩基の中でも発生頻度が非常に高く,ワトソン-クリック型でシトシンと塩基対を形成するだけでなく,フーグスティーン型でアデニンともミス塩基対を形成するため,内在性の変異原となる(図1). 8-oxoGは, DNA鎖のグアニン塩基の直接酸化に加え,酸化体dGTPである8-oxo-dGTPがDNAポリメラーゼにより誤って取り込まれることにより生じる.そして, 8-oxoGのミスペアが修復されずに,複製が繰り返されるとトランスバージョン変異が引き起こされる(図2).大腸菌MutTは, 1992年に当時九州大学の関口グループにより,ヌクレオチドプール中の8-oxo-dGTPを8-oxodGMPに加水分解して突然変異を抑制していることが明らかにされた(図2). 1)また, MutTは,細胞内で8-oxodGTPへとリン酸化される2リン酸体8-oxo-dGDPに対する加水分解活性も有している. 2)ヒトにおいては, MutTのホモログであるMTH1(MutT Homologue-1)が8-oxodGTPを加水分解するが, 3) 8-oxo-dGDPに対する活性はなく,代わりにNUDT5やMTH3(NUDT18)といった別の図18-オキソグアニンを含む塩基対.(Base pairs containing8-oxoG.)8-oxoG塩基の特徴であるN7-HおよびO8を丸で示す.123