ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

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概要

日本結晶学会誌Vol56No2

単結晶X線構造解析による短寿命励起分子構造の可視化2方向からのS…Clと1方向からのCl…Clの弱い相互作用が光励起によって緩和されるが, 3方向の相互作用緩和は原子の安定位置の三次元的変化に関係するため, Cl20とCl26では相互作用緩和後の安定位置の三次元的な探索が起こる.そのため,励起後150ピコ秒では安定位置探索の振動運動が観察され,励起後500ピコ秒で折れ曲がりの安定位置に到達する.すなわち, Cl20とCl26の動的構造変化は,相互作用の緩和による新しい安定位置への原子移動過程を顕著に反映した構造変化であると言える.4.5光誘起動的構造変化と分子間相互作用の関係観察された光誘起動的構造変化が分子間相互作用の段階的緩和であることから,この構造変化過程において電荷移動相互作用も緩和,すなわち電荷移動度も減少していることが予想される.そこで,光誘起動的構造変化が完了した励起後800ピコ秒の構造に注目して,この時の結晶相の電荷移動度を議論した.TTF-CAの電荷移動相互作用は, TTFのC?Sの反結合性軌道とC=Cの結合性軌道が関与した分子軌道から, CAのC=Oの反結合性軌道を主とした分子軌道への電荷移動に関係している. 19)特にCAのC=O反結合性軌道は軌道の偏りが大きいため, C=O結合長の変化はTTF-CAの電荷移動度を反映しやすい.量子化学計算の結果では, CAへの電荷移動度が光照射前の疑似中性相(0.25 e ?)からゼロに変化するとC=O結合長が8×10 ?3 A収縮することが報告されている. 19)本研究における励起後800ピコ秒の光差フーリエマップに基づいて光誘起種の乱れ構造解析を行ったところ, C=Oは4×10 ?3 A収縮している結果が得られた(占有率は1%程度).これらの比較から,励起後800ピコ秒後に到達した結晶相では,光照射前よりも少なくとも0.1 e ?以上電荷移動度が減少した(過渡中性化した)結晶相であることがわかった.TTF-CAは試料温度上昇でも電荷移動度が減少することが知られている. 20)そのため,上記の過渡中性化現象が光誘起過程固有の現象か,光励起後の熱失活による試料の昇温に起因するのかを,明確に示す必要がある.そこで,先述のポンプ?プローブ単結晶X線回折実験と連続して,同じ結晶の試料温度を100 Kに昇温して光非照射下で単結晶X線回折実験を行い, 10 K昇温したことによる構造変化を検討した.光非照射下における90 Kと100 Kの実測構造因子の差分(Fo(100 K)? F o(90 K))を係数に用いたフーリエマップを描画し,励起後800ピコ秒の光差フーリエマップと比較したところ,光照射した時と異なり10 Kの昇温ではC=Oの収縮は観察できないほど小さいことがわかった(図9b).一方,格子体積に注目すると, 10 Kの昇温では体積が2.121(23)A 3増加したのに対して,光照射では体積増加量は0.422(23)A 3であることから,光照射後の熱失活による試料温度の上昇は10 K以下であることがわかる.以上の比較から,光照射後の熱失活はC=Oの収縮に日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)はほとんど寄与しないことがわかった.すなわち,光照射後800ピコ秒で観察されたC=Oの収縮は熱失活に起因する変化ではなく,光誘起過程固有の現象であり,このときの結晶相は光照射前よりも過渡中性化した新規光誘起相であることが明らかになった.5.おわりに本稿では,光励起によって結晶内に1~2%程度しか生成されない光励起分子の三次元構造を,ポンプ?プローブ単結晶X線構造解析によって直接観察した研究例を紹介した.具体例として示したAcr + ?MesとTTF-CAは,それぞれ光触媒および光スイッチング材料として高い注目を集めており,主に分光法を適用した光誘起過程の研究が盛んにすすめられている.本研究で示した光励起構造は,分光法で報告されているそれぞれの分子の光物性や光化学的特徴を明確に反映した構造であった.この結果は,これまでの分光研究による理解の深化に寄与するだけでなく,従来は困難であった光励起状態の分子構造に関する知見を得るうえで,ポンプ?プローブ単結晶X線構造解析がきわめて重要な研究手段になり得ることを示している.特に動的構造変化の解析については,サブナノ秒の短時間に起こる三次元的な構造変化をつぶさに観察することを可能にしている.最近ではX線自由電子レーザー(XFEL)から発振されるフェムト秒の時間幅のX線を利用することが可能になってきており,本稿で紹介したポンプ?プローブ単結晶X線構造解析を適用することで,サブピコ秒の三次元的動的構造変化の直接観察が実現できる.これにより,化学反応の進行や光による物質変換過程における分子の三次元的な構造変化過程について,超高速の時間スケールでの可視化が期待できる.本研究は東京工業大学の腰原伸也教授,植草秀裕准教授, KEKの足立伸一教授,野澤俊介准教授,佐藤篤志博士,富田文菜博士,大阪大学の福住俊一教授,大久保敬特任准教授,小谷弘明博士(現筑波大)との共同研究による成果である.末筆ではあるが,皆様に感謝を申し上げる.文献1)P. Coppens, J. Benedict, M. Messerschmidt, I. Novozhilova, T.Graber, Y. -S. Chen, I. Vorontsov, S. Scheins and S. -L. Zheng:Acta Crystallogr. Sect. A 66, 179 (2010).2)M. Hoshino, H. Uekusa, A Tomita, S. Koshihara, T. Sato, S.Nozawa, S. Adachi, K. Ohkubo, H. Kotani and S. Fukuzumi: J.Am. Chem. Soc. 134, 4569 (2012).3)M. Hoshino, S. Nozawa, T. Sato, A. Tomita, S. Adachi and S.Koshihara: RSC Adv. 3, 16313 (2013).4)S. Nozawa, S. Adachi, J. Takahashi, R. Tazaki, L. Guerin, M.Daimon, A. Tomita, T. Sato, M. Chollet, E. Collet, H. Cailleau,S. Yamamoto, K. Tsuchiya, T. Shioya, H. Sasaki, T. Mori, K.Ichiyanagi, H. Sawa, H. Kawata and S. Koshihara: J. Synchrotron.Rad. 14, 313 (2007).5)大橋治彦,平野馨一編:放射光ビームライン光学技術入門, p.283,121