ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

星野学イオン性転移が起こり,転移後20ピコ秒程度で元の中性相に戻ると報告されていた. 16)しかし最近,超高速振動分光測定から転移後数百ピコ秒後の時間領域では,励起レーザー照射前よりもTTF-CAの電荷移動度が減少している(過渡中性化する)ことが示唆された. 17)TTF-CAのような分子性結晶では,光誘起による結晶相の物性変化が複雑な分子構造変化と関係するため,単結晶X線構造解析による分子構造変化の詳細な観察が,光誘起による結晶相の電荷移動度変化を解明するうえで特に有効である.そこで著者らは,ポンプ?プローブ単結晶X線構造解析を用いて, TTF-CAの光誘起中性?イオン性転移後の結晶構造が段階的に変化する様子を観察し,転移後数百ピコ秒後の結晶相について構造と電荷移動度の解明を行った.4.3 TTF-CAの光誘起動的構造変化TTF-CAのポンプ?プローブ単結晶X線回折実験は,波長が800 nm, 8 mJ cm ?2の励起強度,単結晶試料のa軸と平行の偏光のレーザー励起条件で行った.また,試料は中性?イオン性転移を起こすことが確認されている90 Kに冷却した.ポンプ?プローブ単結晶X線構造解析は,レーザー励起後から150ピコ秒, 500ピコ秒, 800ピコ秒, 1ナノ秒後について行った.上記の励起強度では,光誘起中性?イオン性転移で到達した疑似イオン性相が励起後20ピコ秒程度で失活するため,これらの遅延条件はすべて光誘起中性?イオン性転移後の緩和過程に相当する.構造解析で得られた光差フーリエマップを描画した結果を図8に示す.まず励起後150ピコ秒に注目すると, 4つのClのうちCl19とCl25周辺にはCAがなす面に対する折れ曲がりを反映した差電子密度が現れたが, Cl20とCl26周辺では振動運動に対応する差電子密度が観察された.これらの差電子密度は励起後500ピコ秒まで経過すると,振動していたCl20とCl26周辺でもCl19とCl25と同様にCAがなす面に対して折れ曲がった位置に移動していることがわかった.励起後800ピコ秒ではこれらの折れ曲がりが保持されているだけでなく, O18とO24周辺でも折れ曲がりを反映した差電子密度が観察された.励起後1ナノ秒まで経過すると,光差フーリエマップは励起後150ピコ秒の条件と類似したマップが観察された.これは励起後800ピコ秒程度で光誘起構造変化は完了し,励起後1ナノ秒ではすでに光照射前の構造に戻る過程にあることを示している.さらに励起後800ピコ秒での結晶相の詳細を調べるために, CAがなす面について二次元の光差フーリエマップを描画したところ, O18とO24はCAがなす面に対して折れ曲がるだけでなくC15あるいはC21の方向に移動し,C=O結合の収縮も起きていることを反映した差電子密度が観察された(図9a).4.4光誘起動的構造変化と分子間相互作用の関係観察されたTTF-CA中の光誘起による段階的な構造変図9 TTF-CA中でCAがなす平面について描画した光差フーリエマップと10 Kの昇温に対応する差フーリエマップ.(Photo- and thermal-difference Fouriermaps in the mean plane of CA.)(a)励起後800ピコ秒の時の光差フーリエマップ,(b)10 Kの昇温に対応する差フーリエマップ.電子密度の最大および最小は±0.1 eA ?3であり,分子モデルと矢印はO原子周辺の差電子密度に対応する構造変化を示している.化について,結晶中の分子間相互作用に注目して詳細を議論する.疑似中性相のTTF-CA中で働く分子間相互作用は,多極子構造解析によって各相互作用の強さとともにすでに報告されている. 18)励起後150ピコ秒で折れ曲がりが観察されたCl19とCl25には,一方向からS…Clの相互作用が働いている.また,励起後150ピコ秒では振動運動し,500ピコ秒では折れ曲がりが観察されたCl20とCl26には,2方向からのS…Clと一方向からのCl…Clの相互作用が働いている.これらの相互作用のポテンシャルエネルギー密度は,多極子解析から約8 kJ mol ?1であると報告されており,比較的弱い相互作用に分類される.一方,励起後800ピコ秒で位置変化が観察されたO18とO24に対しては, 2方向からC?H…Oの水素結合(ポテンシャルエネルギー密度:約20 mJ mol ?1)が働いている.すなわち,観察された動的構造変化は,分子間相互作用による原子位置の安定化が弱い箇所から段階的に相互作用が緩和されて,新しい安定位置に到達する過程を反映している.さらに, 4つのClの段階的構造変化についてより詳細に検討した.励起後150ピコ秒でCl19とCl25は, S…Clの弱い相互作用が緩和されて,この緩和した相互作用の方向に関係した位置変化が起こる. Cl20とCl26でも同様に,120日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)