ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

ページ
49/86

このページは 日本結晶学会誌Vol56No2 の電子ブックに掲載されている49ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

日本結晶学会誌Vol56No2

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

日本結晶学会誌Vol56No2

単結晶X線構造解析による短寿命励起分子構造の可視化ことがわかった(図7). Acr + ?Mesは光励起電子移動が起きるとMesから一電子が供与されるため, Mesはラジカルカチオン(Mes +?)に変化する.つまり過塩素酸イオンの移動は, Acr ? ?Mes +?の生成に伴いMes +?との間の静電気的相互作用が働き,上記のメチル基の折れ曲がりによって形成された空間を埋めるように過塩素酸イオンが引き寄せられた結果であることが明らかになった.以上のように, Acr + ?Mes(ClO ? 4)を光励起するとAcr + ?Mesは電子移動状態に到達し, Acr +の電子受容を反映したメチル基の折れ曲がりと, Mesの電子供与を反映した過塩素酸イオンの移動の2種類の構造変化を起こすことがわかった.これらの構造変化はAcr + ?Mesの励起最安定状態,すなわちAcr + ?Mesが光触媒として働く瞬間の状態が,確かに電子移動状態であることを明確に示している.加えて, Acr + ?MesのAcr +とMesが成す二面角が誤差範囲内で保持されていることも, Acr ? ?Mes +?の性質を反映した重要な情報である.先述のようにAcr +とMesは直交した配置であるため,両者の軌道の重なりはほとんどない.電子移動状態でもこの直交配置が保持されているということは,図7 Acr + ?Mes(ClO ? 4)中の光励起構造変化と反応空間.(Structural change by photoexcitation and a reactioncavity around ClO ? 4 in Acr + ?Mes(ClO ? 4).)反応空?間はClO 4周辺を描画し,矢印は光励起構造変化の方向,点線はMes +?とClO ? 4の静電気的相互作用を示す.Acr ?からMes +?への軌道の重なりを利用した逆電子移動が強く抑制されていることを示している.つまり,この二面角の保持はAcr ? ?Mes +?の有する長寿命性を反映した構造情報であると言える.これらのポンプ?プローブ単結晶X線構造解析によって得られたAcr ? ?Mes +?の構造情報は,効果的な光触媒機能を有する分子の設計や, Acr + ?Mesの光触媒機能を利用した人工光合成システムの構築に対して,きわめて有益な情報であると言える.4.TTF-CAの新規光誘起相形成の動的観察4.1スナップショット観察から動画観察へ先述のAcr + ?Mesのポンプ?プローブ単結晶X線構造解析は, Acr + ?Mesの光励起最安定状態の構造をスナップショット撮影のようにピンポイントで観察しているが,励起レーザーパルスに対するパルスX線の遅延条件をデータセットごとに変更し,複数の遅延条件でのポンプ?プローブ単結晶X線構造解析を行えば,結晶中の分子が光励起によって刻一刻と三次元的に構造変化する様子を動画のように観察することができる.そこで著者らは,光誘起相転移を示すTTF-CAを研究対象として選択し,ポンプ?プローブ単結晶X線構造解析による光誘起相転移に関係した動的分子構造変化の動画観察を行った.4.2 TTF-CAの光誘起相転移TTF-CAは電子供与体であるテトラチアフルバレン(TTF)と電子受容体であるp-クロラニル(CA)からなる電荷移動錯体結晶である(図8). TTF-CAは結晶中で等間隔に近い交互積層構造をしており,この積層構造モチーフ中でTTFからCAに0.3 e ?程度電荷移動した弱い電荷移動相互作用が働いている. 14)このときの結晶相を疑似中性相と呼ぶ. TTF-CAを冷却するとT c=81 Kで相転移を起こし,電荷移動度が0.7 e ?程度に増した結晶相(疑似イオン性相)が形成される. 14)この中性?イオン性転移は, TTF-CAを90 K程度に冷却した条件でフェムト秒レーザーを照射しても起こる(光誘起中性?イオン性転移)ことが,超高速反射スペクトル測定から報告されている. 15)-17)従来はTTF-CAを10 mJ cm ?2以下の比較的温和な励起強度で励起すると,サブピコ秒の時間スケールで速やかに中性?図8 TTF-CAの光誘起動的構造変化.(Photoinduced structural dynamics in TTF-CA.)光差フーリエマップ(±0.1 eA ?3の等電子密度面について描画)中の太い矢印は構造変化の方向を示し,レーザー励起後から経過した時間は各マップに付記している.日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)119