ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

星野学図6 Acr?Mes +の光誘起電子移動と分子軌道.(Schematicdrawing for photoinduced electron transfer and selectedmolecular orbitals of Acr?Mes + .)a)Acr?Mes +の光誘起電子移動のスキーム,b)Acr?Mes +のHOMOとLUMO.こり,速やかに電子移動状態(Acr ? ?Mes +?)に到達する(図6a).この電子移動状態は, HOMOとLUMOの軌道の重なりを利用した逆電子移動が不可能であるため,約200 Kの低温では2時間程度の寿命を示し, 77 Kまで冷却するとほぼ無限大の寿命になると報告されている. 9)また,この電子移動状態のエネルギーは2.37 eVであり,これは天然の光合成反応中心が電子移動状態に到達した際のエネルギー(0.5 eV)をはるかに凌駕する. 9)この高いエネルギーを利用したさまざまな光触媒反応が,現在までに数多く報告されている. 10)これらのAcr + ?Mesの長寿命性や光触媒機能の詳細を理解するうえで, Acr + ?Mesの光励起状態であるAcr ? ?Mes +?の三次元構造を詳細に観察することは大変重要である. Acr ? ?Mes +?の寿命は低温できわめて長いため, Acr + ?Mesの単結晶に低温で可視光を照射すれば通常の単結晶X線構造解析で検出可能な占有率のAcr ? ?Mes +?が結晶中に生成すると予想できる.しかし, Acr ? ?Mes +?の長寿命性は溶媒やガラスマトリックス中で希釈した環境でのみ観察され,結晶や濃厚溶液のように分子が密に近接した環境ではAcr ? ?Mes +?同士の分子間逆電子移動が無視できず,見かけ上短寿命化する. 11)そこで本研究では,ポンプ?プローブ単結晶X線構造解析によって, Acr ? ?Mes +?が結晶中の分子間逆電子移動で失活する前の構造を瞬間的に観察した.3.2 Acr + ?Mesの光励起構造変化Acr + ?Mes(ClO ? 4)のポンプ?プローブ単結晶X線回折実験は, 90 Kの低温条件で行った.励起レーザー光の波長は,単結晶試料の内部まで励起光を到達させるために,光パラメトリック増幅器を用いてAcr + ?Mes(ClO ? 4)の可視領域の吸収スペクトルの裾の波長に一致する475 nmに変換した.構造解析から得られた光差フーリエマップを図4bに示す.このマップ中には,対アニオンである過塩素酸イオンの移動および回転に対応する明瞭な差電子密度が観察された.またN位のメチル基が,アクリジン部位が成す平面に対して折れ曲がることに対応する有意な差電子密度も観察された.これらの差電子密度に基づき,光励起構造変化部位の乱れ構造解析を行ったところ,過塩素酸イオンは0.144(8)A移動し,メチル基は10.3(16)°折れ曲がり,結晶内の2%程度のAcr + ?Mes(ClO ? 4)が上記の光励起構造変化を起こしたことがわかった.観察した光励起構造変化が確かにAcr ? ?Mes +?の生成に関係した構造変化であるかは,量子化学計算の結果および結晶中の立体障害を可視化・定量化した結果と比較して検討した.まず,メチル基の折れ曲がりの詳細を調べるために, Acr +の基底状態と一電子還元状態の電子分布に関してGaussian09を用いた自然軌道解析12)で調べたところ,基底状態に比べて一電子還元状態のほうがN原子の2p z軌道の電子占有割合が大きいことがわかった.原子軌道だけでなく結合軌道にも注目して比較したところ,基底状態ではN原子上の非共有電子対軌道は空軌道であるが,一電子還元されるとN原子上の非共有電子対軌道が電子に占有されるように電子が再配分されていた.これらの量子化学計算の結果は, Acr +が一電子還元されるとN原子の混成軌道はsp 2からsp 3へと変化することを示している.つまり,ポンプ?プローブ単結晶X線構造解析で観察されたメチル基の折れ曲がりは,光励起によってMesからAcr +へ電子移動が起こりN原子の混成軌道が平面配置のsp 2からピラミッド型のsp 3へと変化したことを反映した構造変化であることが明らかになった.観察されたもう1つの光励起構造変化である過塩素酸イオンの移動については,結晶内の立体障害に注目して詳細を検討した.過塩素酸イオンが結晶中で動くことが可能な空間を,反応空間の概念13)を適用して調べたところ,観察された過塩素酸イオンの光照射に伴う移動は,反応空間の外に出る構造変化,すなわち結晶中で立体的に不利な方向に起きていることがわかった(図7).この構造変化の詳細を理解するために,過塩素酸イオンに最近接するAcr +またはMesを含む2分子のAcr + ?Mesに注目した.まず最近接しているAcr +に注目したところ,このAcr +のメチル基が観察された過塩素酸イオンの移動方向に対する立体障害の原因であることがわかった.つまり,光励起によるメチル基の折れ曲がりによってこの立体障害が除かれて,基底状態では立体的に不利であった過塩素酸イオンの移動が可能な空間が形成されることが明らかになった.さらに最近接しているMesにも注目すると,観察された過塩素酸イオンの移動方向は最近接のMesの方向である118日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)