ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

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概要

日本結晶学会誌Vol56No2

村瀬浩貴定している.図10b, cは図10a中に四角で囲った部分の拡大像である.図中ABCDと示した4つの濃厚相ドメインが観察されるが,きわめて興味深いことに高分子濃厚相間にシシが発生している様子が捉えられている.配列した濃厚相ドメインが相互に衝突し,その際に分子交換,そして局所的な配向高分子束の発生と結晶核の生成が引き続き発現する新しいシシケバブ形成メカニズムがこのTEM像から想像される(提案したモデルの一部を図10dに示す.詳しくは文献13)に記載されている).さらに下流では,生成した結晶核が流動方向に成長していく過程も観察された.従来は,シシケバブ構造の形成メカニズムとして流動による高分子鎖の配向・伸長の効果のみが議論されてきたが,今回の観察結果は新しい概念の導入の必要性を示唆するものである.すなわち,これまで見過ごされてきた流動誘起相分離によってシシケバブ構造の前駆構造が形成されて,その内部でシシ(伸びきり鎖結晶)の核生成と成長が進行するという新しい構造形成モデルである.なお,今回提案した構造形成モデルは動的非対称性を有する系(本稿では超高分子量ポリエチレン準希薄溶液)に限定して適用可能であることを申し添えておく.溶液ではない系,いわゆる高分子融液にこのモデルが適用可能であるかについては今後の研究の進展を待たなければならないが,多くの高分子融液の系では分子量に広い分布があることに注目する必要があるであろう.すなわち,高分子融液といえども分子量の小さな成分が溶媒として作用する動的非対称性が内在しているからである.いずれにしろ,シシケバブ構造の発見からすでに50年が経過したが,まだその全容は明らかにされていない.結晶学としてのさらなる進歩が必要であり,その成果が新たな工業の発展へと繋がる可能性は十分にあると言える.今後の展開に期待したい.6.おわりに高強度繊維の構造に関する話題を中心に繊維産業における結晶学の重要性と貢献を紹介した.金属や低分子の結晶に親しんでいる方にはわかりにくかったかもしれない.特に後半のシシケバブ構造の話題に関しては,いまだ決着がついていない形成メカニズムに関する最新の話題ということで,やや我田引水的な内容をご容赦いただきたい.しかしながら,分子がひものように長いことに起因する特殊性や,流動のような外場が存在する過程での複雑な構造形成,そして材料物性への強い相関性など,高分子結晶の面白さが少しでも伝われば幸いである.謝辞本稿に紹介したシシケバブ構造の形成メカニズムに関する研究は,京都大学橋本竹治名誉教授,東洋紡大田康雄博士との共同研究である.両氏に感謝いたします.文献1)頼光周平:繊維学会誌66, 86 (2010).2)桜田一郎:高分子化学とともに, p.89,紀伊国屋新書(1969).3)H. W. Hill, S. L. Kwolek and P. W. Morgan: U.S. Pat. 3,006,899(1961);S. L. Kwolek, P. W. Morgan and W. R. Sorenso: U.S.Pat. 3,063,966 (1972);S. L. Kwolek: U.S. Pat. 3,671,542;U.S. Pat. 3,819,587 (1974).4)A. Keller: Phil.Mag. 2, 1171 (1957).5)P. H. Till: J. Polym. Sci. 17, 447 (1957).6)E. W. Fischer: Naturforsh. 12a, 753 (1957).7)A. Peterlin: J. Polym. Sci. A-2 7, 1151 (1969).8)矢吹和之,加藤克彦:繊維学会誌52, P-143 (1996).9)S. G. Wierschke: Mater. Res. Soc. Symp. 134, p.313 (1989).10)K. Tashiro and M. Kobayashi: Macromolecules 24, 3706 (1991).11)S. G. Wierschke, J. R. Shoemaker, P. D. Haaland, R. Pachterand W. W. Adams: Polymer 33, 3357 (1992).12)P. Smith and P. J. Lemstra: J. Mater. Sci. 15, 505 (1980).13)H. Murase, Y. Ohta and T. Hashimoto: Macromolecules 44,7335 (2011).14)S. Mitsuhashi: Bull. Text. Res. Inst. (J) 66, 1 (1963).15)A. J. Pennings and A. M. Kiel: Kolloid. Z. Z. Polym. 205, 160(1965).16)Y. Ohta, H. Murase and T. Hashimoto: J. Polym. Sci.: Part B:Polym. Phys. 48, 1861 (2010).17)R. H. Somani, L. Yang and B. S. Hsiao: Macromolecules 35,9096 (2002).18)M. Seki, D. W. Thurmana, J. P. Pberhauser and J. Kornfield:Macromolecules 252, 2583 (2002).19)T. Kanaya, G. Matsuba, Y. Ogino, K. Nishida, H. Shimizu, T.Shinohara, T. Oku, J. Suzuki and T Otomo: Macromolecules 40,3650 (2007).20)S. Kimata, T. Sakurai, Y. Nozue, T. Kasahara, N. Yamaguchi, T.Karino, M. Shibayama and J. A. Kornfield: Science 316, 1014(2007).21)H. Murase, T. Kume, T. Hashimoto, Y. Ohta and T. Mizukami:Macromolecules 28, 7724 (1995).22)E. Helfand and G. H. Fredrickson: Phys. Rev. Lett. 62, 2468 (1989).23)A. Onuki: Phys. Rev. Lett. 62, 2472 (1989);J. Phys.: Condens.Matter. 9, 6119 (1997).24)M. Doi and A. Onuki: J. Phys. II France 2, 1631 (1992).25)S. T. Milner: Phys. Rev. E 48, 3674 (1993).プロフィール村瀬浩貴Hiroki MURASE東洋紡㈱総合研究所TOYOBO Co., Ltd. Research Center〒520-0292滋賀県大津市堅田2-1-12-1-1 Katata, Ohtsu, Shiga 520-0292, Japane-mail: hiroki_murase@toyobo.jp最終学歴:1988年京都大学大学院農学研究科林産工学専攻修士課程修了, 2005年博士(工学).専門分野:高分子構造,繊維構造現在の研究テーマ:企画・探索趣味:安くて美味しいもの探訪,軟弱アウトドアライフ114日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)