ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

村瀬浩貴図5高強度ポリエチレン繊維の内部構造.(Shish-kebabstructures in a high strength polyethylene fiber.)特殊な紡糸方法(ゲル紡糸)によって得たポリエチレン繊維の内部には,シシケバブ構造という結晶構造が存在する.(a)TEM像.ポリエチレンをルテニウム酸化物で染色してある.周囲の灰色の部分は,溶剤が存在した部分でエポキシ樹脂に置換してある.(b)シシケバブ構造の模式図.図7ゲル紡糸過程の構造観察法の模式図.(Schematicillustration of the sampling method in the gel-spinningprocess.)ポリエチレン溶液を高温のノズルから押し出し,押し出した速度よりも速い速度で引っ張ることによって繊維を得る.その過程での構造形成を観察するために, 1組の枠で紡糸中の繊維を挟むと同時に急冷して内部構造を固定した.図6ゲル紡糸繊維の加熱延伸時の構造変化(TEM像).(TEM micrographs of drawn gel-spun polyethylenefibers as a function of draw ratio.)加熱延伸によってシシケバブ構造の折りたたみ鎖結晶(ケバブ)が減少し,伸びきり鎖結晶(シシ)へと変換している.料理シシケバブに似ていることからシシケバブ構造と呼ばれている.この構造の形態的特徴は以下である.(1)全体は流動方向に細長く,時には数μmから数十μmの長さに達すること,(2)中心に伸びきり鎖結晶で構成される構造があり,さきほどの料理名の串を意味する部分にちなんで「シシ」と呼ばれている,(3)そのシシの表面より成長した平板結晶を「ケバブ」と呼び,この平板結晶は厚さが10 nm程度であるため,それよりもはるかに長いポリエチレン分子は折りたたまれた状態で存在している.この繊維を110~140℃の温度で加熱延伸すると,折りたたみ鎖結晶から伸びきり鎖結晶へ構造が変化していく様子を観察することができた16)(図6).ほぼ完全に伸びきり鎖結晶へ変化した後の繊維は,ケブラーを超える高強度を示す(図2).5.シシケバブ構造の形成過程の観察高強度ポリエチレン繊維の内部構造としても観察されたシシケバブ構造は,高分子に流動を付与しながら結晶化させた際に現れる結晶構造としてよく知られている.その特徴ある形態がどのようなメカニズムで形成されるか多くの研究者の興味を引いて,これまで膨大な研究が実施されたが,今日でもその形成メカニズムは完全には解明されていない.このメカニズム解明のために,近年では放射光や中性子散乱などを利用して,シシやケバブが流動場下で形成する過程をリアルタイムに観測すること,また,分子量の異なる成分がシシケバブ構造の形成にどのように寄与しているか,など重要な知見が得られてきている. 17)-20)最近われわれは,ポリエチレン高強度繊維を作製する過程を電子顕微鏡で観察して,シシケバブ構造の形成過程を捉えることに成功したので紹介する. 13)前述したように,高強度ポリエチレン繊維の紡糸過程においてシシケバブ構造が発現する(図5).ノズルから吐出させるポリエチレンの溶液中では,溶媒とポリエチレンが均一に混合した状態である.この紡糸過程で,均一溶液からシシケバブ構造に至る過程を顕微鏡的に観察することを試みた.電子顕微鏡で観察するために,サンプリング方法を図7のように工夫した.紡糸中の繊維を, 1組の枠で挟むと同時に,室温の風を当てて冷却するのである.ノズルの温度は200℃弱であり,実験に用いたポリエチレンの溶液濃度(10%)でのポリエチレンの結晶化温度は約110℃なので,この急冷過程で結晶化させて流動場下で発現していた溶液構造を固定化した.このサンプルを,上記と同様に溶媒を樹脂置換後に繊維軸に平行な超薄切片を作製した.このサンプル中の構造をノズル直下から下流に向けて順次観察していけば,シシケバブ構造が形成する過程を追跡できるという算段である.ノズル直下をTEM観112日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)