ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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概要

日本結晶学会誌Vol56No2

繊維工業と結晶学ク位置の変化を計測することにより結晶の変位を実測し,繊維に加えた応力が結晶にも均等に配分されているという仮説のもとに結晶の弾性率が求められている.工業レベルで生産されている高強度繊維において,繊維の実弾性率と結晶弾性率がほぼ一致するものも得られている. 9)また,結晶弾性率は格子力学などの理論計算でも求められており,例えば前述のPBO繊維において,理論的計算による結晶弾性率と実測の結晶弾性率は良い一致を示している. 10)一方,強度の理論計算も試みられており, PBO繊維の場合59.4 GPaの値が求められているが, 11)この理論値は実測の10倍の値であり,弾性率に比較して実現できている強度はまだまだ理想値にはほど遠いことがわかっている.4.もう1つの高強度化へのアプローチ図4ポリエチレンの分子形態.(Random coil conformationof polyethylene.)ポリエチレンの主鎖の炭素-炭素間結合の回転自由度が大きいことに起因して,ポリエチレン分子は溶融状態では図のような糸まり状態の形態をとる.して得られた固体を,溶融しない程度の温度に加熱しながら,延伸して折りたたみ鎖結晶から伸びきり鎖結晶(extended chain crystal)へ転換させる試みを多数の研究者が挑戦したが,ある程度の成功はおさめたものの,上記のケブラー繊維に匹敵するような高強度繊維は得られなかった.これは,糸まり状の高分子間に存在する“絡み合い”が延伸を阻害するためであると考えられている.この問題を解決する方法の1つが,上記のKwolekが見出した剛直高分子の液晶性を利用した方法である.ポリエチレンのように柔軟な高分子は糸まり状の形態が安定であるが,アラミド分子のように剛直な高分子は溶液中でも糸まり状にならず,あたかも棒状に伸びた形態をとりやすい.さらに,溶液濃度を高めていくと,分子間の斥力相互作用によって分子が自発的に相互に平行な配列状態をとる(すなわち液晶状態).この状態を繊維構造に反映させることにより,折りたたみ鎖がほとんどなく分子鎖が繊維軸に平行方向に配列した状態を実現したことが,ケブラー繊維の成功の秘訣である. 1990年代の終わりには,さらに剛直なPBO(Poly-p-phenylene benzobisoxazole)分子を用いて,ケブラーの2倍の強度・弾性率を発揮する繊維が実用化されている. 8)際立って遅い分子運動や絡み合いという高分子ならでは現象の影響によって,高分子では結晶化度100%という状態を実現しにくい.しかし,高強度繊維は高い分子配向の効果によって比較的高い結晶化度を実現しやすく,結晶構造と繊維物性の関係が詳しく研究されてきた.高強度繊維は同時に際立って高い弾性率を示す.繊維の繊維軸方向に応力を印加しながら,広角X線回折の回折ピー日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)世界最初の高強度繊維ケブラーでは剛直高分子の液晶性を利用して,繊維中に分子の折りたたみ部の少ない構造を実現し高強度化を達成することができた.このことからも,高強度繊維にとって理想的な分子集合構造は,繊維軸方向に分子が平行に配列し,かつ折りたたみや交差などの欠陥がない構造と考えられる.ポリエチレンのような柔軟な高分子では,折りたたみ鎖結晶が形成されやすいことを述べたが,実はポリエチレンでも高強度繊維を得る方法が1980年代初頭に開発された.以下に,その方法を紹介し,さらにわれわれが明らかにしたポリエチレン繊維の結晶構造形成に関して報告する.その方法は「ゲル紡糸」と呼ばれる方法で,オランダの研究者SmithとLemstraによって開発された. 12)彼らは,分子量が100万を超える超高分子量ポリエチレンに溶媒を加えて,分子間の絡み合いを減少させることにより,元の長さから数十倍の長さになるまで延伸することが可能な繊維を得ることに成功した(通常の繊維化の方法では数倍程度が限界であった).この高倍率延伸の過程で,折りたたみ鎖結晶から,分子鎖が伸びた「伸びきり鎖結晶」が形成する.その過程を電子顕微鏡で観察した結果13)を示す.図5aは,超高分子量ポリエチレンの溶液を小孔から吐出し,冷却しながら延伸して細く引き延ばす工程(紡糸工程)を経た直後の繊維の透過型電子顕微鏡(TEM)像である.この工程後の繊維は,まだ内部に数十%の溶媒を含有している.このままではTEM観察できないので,溶媒を樹脂置換して固化し,ダイヤモンド製のナイフを用いて厚さ70 nmの超薄切片化した.切片を作製する際の切削方法は繊維の長軸と平行な方向とした.また,結晶部を可視化するために,四酸化ルテニウムで非結晶部を染色してある.この紡糸後の繊維には特徴的な構造が観察されている.この構造は「シシケバブ(shish-kebab)構造」と呼ばれており,ポリエチレンを流動場下で結晶化させると発現する結晶構造として1960年代に発見された. 14),15)その構造は,図5bに示すような形態をしており,トルコの串焼き111