ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

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概要

日本結晶学会誌Vol56No2

村瀬浩貴図1アラミド繊維を構成する高分子の分子式.(Structureformula of aramid polymer.)図3繊維の構造モデル. 7)(Schematic model of fiberstructure.)繊維中の分子の集合構造を表現している.高分子が折りたたまれた結晶(折りたたみ鎖結晶)が多数存在する.繊維の物性は,折りたたみ鎖結晶間に共有されている分子(Bの部分. Tiemoleculesという)の影響を強く受ける.図2高強度繊維の物性.(Physical properties of highstrength fibers.)スチールの強度・弾性率を凌駕する繊維も市販されている.を発揮する繊維の研究が実施され,実用化された.デュポン社の女性研究者Kwolekは,ナイロンの化学構造よりも分子が剛直に振る舞うように設計したさまざまな高分子を合成し,その物性を調べていた.そして,図1に示す分子構造をもつ芳香族ポリアミド(アラミドとも言う)の硫酸溶液が液晶性を示すことを見出した. 3)この液晶性を利用して分子を繊維軸方向に高度に配向させる方法を開発し,ナイロンの2倍以上の強度を示す繊維を商品名「ケブラーR(Kevlar R)」として1974年より販売を開始した.このケブラー繊維を皮切りに,さまざまな高強度繊維が開発されて,現在では文字どおり鋼鉄の強度を超える繊維も開発・販売されている(図2).ケブラー繊維は,剛直な高分子の液晶性を利用して分子の集合構造を制御した点がポイントであり,その意味を以下に述べたい.3.高分子の特徴と繊維中の結晶構造炭素繊維などの無機系繊維を除いて,ほとんどの繊維は高分子でできている(石油由来の合成繊維はもちろんのこと,天然繊維である木綿や羊毛も天然の高分子によってできている).高分子はモノマーと呼ばれる基本分子ユニットが数百~数千ユニット繰り返された分子であり,「ひも」のように長い分子である.この高分子は,ひものように長いため,その結晶も金属や低分子とは異なる特徴をもつ.まず, 1つの結晶の中にひものように長い分子をどのように配置するかという問題がある. 1957年に,Keller 4)とTill 5)とFischer 6)はそれぞれ独立にポリエチレンの希薄溶液から単結晶を析出させ,その単結晶中で長いポリエチレン分子が折りたたまれて存在していることを明らかにした.この結晶は折りたたみ鎖結晶(folded chaincrystal)と呼ばれているが,希薄溶液から得た単結晶だけでなく,高分子の結晶化物として広く観察される.そして,繊維の構造にもこの折りたたみ鎖結晶が一般的に観察される.図3に示すPeterlinが提案した繊維構造モデル7)は,繊維中の高分子鎖の集合状態と物性の関係を示すモデルとしてよく知られている.繊維の長軸方向に高分子鎖は配向しているが,大部分が折りたたみ鎖結晶で構成されていることにまず注目していただきたい.積層した折りたたみ鎖結晶間(図3中のAの部分)には,分子間力程度の相互作用しか存在しないことが大変重要である.次に,図中Bで示した部分に注目していただきたい.この部分には,結晶間を連結する分子鎖が存在している(Tie-moleculesと呼ばれている).このTie-moleculesの存在しない折りたたみ鎖結晶間には弱い分子間力しか存在しないため,繊維全体の強度はTie-moleculesが担うことは,このモデルから容易に想像できるであろう.繊維の強度を高めるためには, Tie-moleculesに相当する部分を増やせば良いと誰しも思うが,実際には簡単ではない.その理由を以下に示す.ポリエチレンは世界で最も多量に使用されている高分子の1つである.例えば,コンビニエンスストアで商品を入れてくれる袋はポリエチレンであり,それ以外にもさまざまな場面で私達の生活を支えている.ポリエチレン分子は,炭素間の結合角が109°であり,炭素-炭素間ではクランクシャフトのように曲がっている.しかも隣り合う結合間で自由に回転できるため分子は溶融状態や溶液中では図4のように糸まり状の形態をとる.一般的な繊維やフィルムの製造方法では,この糸まり状態からの結晶化を経て固体構造が形成されるために,ほとんどが折りたたみ結晶となる.したがって強度はあまり向上しない.このように110日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)