ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

日本結晶学会誌56,109-114(2014)産業界で活躍する結晶学(2)繊維工業と結晶学東洋紡㈱村瀬浩貴Hiroki MURASE: Crystallography in Fiber IndustryOur modern confortable lifestyles are supported by advanced fibersand the application fields of the fibers have spread into not onlyclothing textiles but also industrial uses. The industry of the highstrength fibers, which is a typical example of the advanced fiber, hasconcurrently been grown with the progress of the fiber scienceincluding crystallography of polymer crystals. The history of the highstrength fibers shedding light on the technologies of molecularmanipulation giving rise to the high strength fibers and the relatedcrystallography are summarized in this article. Moreover, a newmechanism of the formation of the flow-induced super structure,“shishkebab”,with regard to the key-structure of the high strength fibers isshown as a recent topic of flow-induced polymer crystallization.1.はじめに私達の生活に,繊維はなくてはならないものである.寒さから体を守り,時には美しく着飾る衣料品はもちろんのこと,実は目に見えないところでたくさんの繊維が活躍している.例えば,自動車のタイヤには,ゴムを補強するためにポリエステルやポリアミドの繊維が使用されていることを,読者の皆様はご存知だろうか.筆者は恥ずかしながら繊維の会社に入社するまでそのことを知らなかった.また,スポーツの分野でも繊維は活躍している.例えば,テニスラケットやゴルフシャフトを補強し軽量化するために炭素繊維やアラミド繊維が使用されている.さらに,航空・宇宙分野にも最先端の繊維が利用されている.最新の航空旅客機には,炭素繊維が使用され機体の軽量化に貢献している.また, NASAが火星に探査機を送りこむ際にも繊維が活躍した.火星探査機を火星表面に軟着陸させるための,パラシュートやパラシュートケーブル,エアーバッグには,各種の有機系高強度・高弾性率繊維が使用されていた1)(しかも日本製の!).これらの産業用繊維の多くは,高分子の「軽い」という特徴を活かし,さらにはさまざまな製造技術の工夫によって獲得した「強い」という特徴により金属やセラミックスを置き換えて発展してきた歴史がある.この「強さ」の向上には,繊維中の分子の集合状態を制御することが重要であり,結晶学は繊維科学においてきわめて重要な地位を占めている.人類と繊維の関係は少なくとも5000年を超える歴史をもつ密接なものであり,産業革命も繊維とともにあった.したがって,これまでの繊維工業発展全般と結晶学の関係には膨大な研日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)究が存在し,それを俯瞰することは浅学な筆者の能力を超えるため,本稿では高強度繊維に焦点を絞り解説することをご容赦願いたい.2.高分子集合状態の制御を追求してきた高強度繊維の歴史自動車のタイヤの補強に繊維が多く用いられていることをすでに述べたが,この繊維は初期には木綿の繊維が用いられ,レイヨン(セルロースの再生繊維)にやがて置き換えられた.レイヨンの強度を高める研究が盛んに実施されたが, 1930年代後半に米国デュポン社が開発し販売を開始したナイロンの登場によりタイヤ補強繊維の市場において,レイヨンは主役の座をナイロンに,そして1950年代に登場したポリエステルに譲ることになった.「鋼鉄のごとく強く,クモの糸のごとく細い」というキャッチフレーズで登場したナイロンは,繊維工業に大きなインパクトを与え,女性のストッキングの耐久性を高めただけでなく,上記のようにタイヤを補強する繊維としてもその強度を活かして普及した.日本にこのナイロン繊維が初めてもたらされたばかりの当時,まだその化学構造が開示されておらず, X線回折から求めた結晶周期をもとに化学構造を推定したことが,高分子・繊維の研究に大きな足跡を残した京都大学の桜田一郎の書籍に見ることができる. 2)当時から,繊維の研究においてX線結晶学が重要な地位を占めていたことを示しており興味深い.ナイロンの登場後,さまざまな合成高分子を用いた繊維が市場に登場し今日に至っている.そして, 1960年代から1970年初頭にかけて,ナイロンを大きく凌駕する強度109