ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No2

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日本結晶学会誌Vol56No2

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概要

日本結晶学会誌Vol56No2

津田健治位置A, BおよびCで得られたCBED図形を,それぞれ図6b~dに示した.位置AおよびBのCBED図形では020反射と02 _ 0反射間の強度差が大きく,正方晶で期待されるc軸に平行な鏡映対称が破れており局所構造が菱面体晶構造であることを示している.また位置Aでは020反射のほうが強く,位置Bでは逆に02 _ 0反射のほうが強い.位置CのCBED図形では020反射と02 _ 0反射間の強度差は小さい.菱面体晶局所構造を用いて動力学回折強度シミュレーションを行い,図6bおよびcのCBED図形がそれぞれ異なる分極方向をもつ菱面体晶ナノ構造に対応することを確認した.これは, STEM-CBEDマップから分極の方向を評価できることを示している.試料厚さはシミュレーションとの比較から90 nm程度と評価された.図6dのCBED図形は異なる分極方向をもつクラスターが試料の厚さ方向にほぼ同数存在することによるものと解釈される.図7は,電子線照射領域内で異なる分極をもつクラスターの存在比が強度差に比例すると仮定して,図6aのSTEM-CBEDマップに重ねて分極の方向を図示したものである.分極の分布でもナノスケールの揺らぎが観察され図7 BaTiO 3正方晶相の[100]方向から投影した局所分極の分布図.図6aのSTEM-CBEDマップ上に矢印でプロットした. 25)(Directions of the[100]-projected local polarizations drawn on the STEM-CBED map of Fig. 6(a)as arrows.)図の下部に,対応する投影した菱面体晶ナノ構造を示した.ている.図の下部に投影した菱面体晶ナノ構造を示した.このようなナノスケールの局所構造の揺らぎは, X線・中性子回折ではプローブサイズが大きいため観測できず,試料の巨視的な平均構造のみが観測される.ナノサイズの電子プローブを用いるCBED法で初めてこのようなナノ構造が観測可能になった.なお,今回得られたSTEM-CBEDマップには, ComesらがX線散漫散乱を説明するために提案した一次元鎖構造8),9)の存在を示すコントラストは認められなかったことを指摘しておく.4.まとめと今後の展望CBED法を用いてBaTiO 3の斜方晶相および正方晶相においてナノスケールの局所構造を調べた結果,それらの局所構造は平均構造と異なる最低温相の菱面体晶構造をとっていること,斜方晶相および正方晶相の平均構造および巨視的な分極は,分極方向の異なる菱面体晶ナノ構造の平均として生成していることを見出した.この結果は,構造相転移の秩序・無秩序型の性質を反映する局所構造を直接観測したものと言える.さらに,新たにSTEM-CBED法を提案し,正方晶相の菱面体晶局所構造および分極が空間的に揺らいでいる様子を可視化することに成功した.局所構造の揺らぎのスケールはナノメーター程度であり,分極の方向が揃ったナノサイズのクラスター(分極クラスター)を形成していることを示している.この結果は図4のTakahasiによる分極クラスターの秩序・無秩序型相転移モデル18)を支持する.なお, CBED法およびSTEM-CBED法でのCBED図形の取得は,一枚のCBED図形当たり0.5~10秒程度の露出時間で行った.したがって,今回見出されたナノ構造は,熱揺らぎのように動的に存在しているのではなく,ほぼ静的に存在していると考えられる.同様の菱面体晶ナノ構造は, KNbO 3の強誘電斜方晶相においてもCBED法を用いて見出されている. 31)一方,PbTiO 3の強誘電正方晶相においては,局所構造も正方晶対称をもつことが確認された. 32)このように, CBED法およびSTEM-CBED法は,構造相転移におけるナノスケールの局所構造を調べるうえできわめて強力なツールであると言える.現在, BaTiO 3の立方晶相についてもこれらの方法を適用して局所構造を調べる試みを行っている.今後,各相転移温度近傍でのナノ構造・分極の空間分布の温度依存性や,強誘電双晶ドメイン近傍での分極の空間分布を調べる予定である.さらに,この方法をほかの強誘電相転移物質に適用して局所構造を調べることが期待される.BaTiO 3の局所構造を詳細に調べるという動機は,静電ポテンシャル解析28),33)をBaTiO 3正方晶相に適用する試みから得られたものである. X線・中性子回折で報告されている正方晶相の構造パラメーターの値をいくら変えて102日本結晶学会誌第56巻第2号(2014)