ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No6

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日本結晶学会誌Vol55No6

日本結晶学会誌55,323-330(2013)総合報告π共役金属ジチオレン錯体の新次元展開東京大学大学院理学系研究科化学専攻無機化学研究室草本哲郎,神戸徹也,西原寛Tetsuro KUSAMOTO, Tetsuya KAMBE and Hiroshi NISHIHARA:π-ConjugatedMetalladithiolene Complexes: Developments toward New DimensionsThe development of functional metalladithiolene complexes was described. Photo-, magneto-,and electro-functional moieties were hybridized with a metalladithiolene backbone to producenovel electronic properties, such as photo-controlled three-state switching, and a SOMO-HOMOconverted electronic structure. Long range electronic communication and three-dimensionalclusterization were achieved on triangular trinuclear metalladithiolene complexes. The atomiclayernickel dithiolene nanosheet was successfully prepared, in which nickel bis(dithiolene)moieties were connected through benzene skeletons to form a fullyπ-conjugated hexagonalstructure in two dimensions. The electric properties of the stacked nanosheets were modulatedby chemical redox reaction.1.はじめに金属錯体は,多様な酸化状態,スピン状態を示す金属イオンと,多彩な分子構造を有する有機配位子から構成される物質である.これら2つの要素を適切に組み合わせることで,各々の要素単体では生み出せない新奇な機能を生み出すことができる.金属錯体の分子設計の「多様性」を楽しむことが,錯体化学の一番の醍醐味であろう.近年では,金属錯体の単分子としての性質のみならず,水素結合や配位結合を用いて金属錯体を一次元,二次元,または三次元集積した,いわゆる分子集合体としての錯体化学が盛んに研究されている(例えば単一次元鎖磁石による量子スピン系や,二次元ダイマーモット系におけるスピン液体,金属-有機構造体=MOFにおける物質輸送,吸蔵など). 1)金属錯体は材料科学の新たな分野を開拓する大きなポテンシャルを秘めていると言える.我々が所属する無機化学研究室では,「配位プログラミング」という基本概念のもと,機能性物質やそれを集積させた分子性超構造体の開発を行っている.「配位プログラミング」とは,配位化学の特長である,1)分子幾何構造の自在構築, 2)結合自由度による構造変換性・可逆性・柔軟性,および3)特異物性の発現,を最大限に活用することによって,意図した構造と物性・機能をもつ分子およびそれらを機能階層的に配置した分子超構造体を自在に組み上げる方法を指す.具体的には,光,電場,磁場,化学環境など外部刺激に敏感に応答する金属錯体を創製し,単分子,単結晶,他材料との複合系,電極基板やナノ粒子の界面など,さまざまな状態での構造,物性や電子状態を解明する研究を行ってきた.日本結晶学会誌第55巻第6号(2013)本報告では,われわれが研究を続けているπ共役金属ジチオレン錯体について紹介する.われわれはこれまで,高次機能や新奇物性の発現を目的として,光応答性ジチオレン錯体や三角形3核クラスター錯体など,さまざまなユニークな分子系を開発してきた.最近では,π共役平面ジチオレン錯体を二次元シート状に無限拡張した構造を有するジチオレン錯体ナノシートを創製し,その物性や電子状態の解明に力をいれている.このナノシートは,近年盛んに研究が進められている代表的な二次元シート化合物であるグラフェンと同様,シート全体がπ共役構造であるという特長がある一方,グラフェンにはない興味深い電子的性質が指摘されている.以降,第2章にてジチオレン錯体の高次機能化について紹介し,第3章にてジチオレンナノシートについて述べる.2.金属ジチオレン錯体の高次機能化2.1金属ジチオレン錯体の特長金属ジチオレン錯体(図1a)は,磁性,伝導性,近赤外吸収特性,求核および求電子付加反応性など,多彩な物理物性および化学反応性を示す機能性分子である. 2)これらの機能の発現には,金属ジチオレン錯体が有する(多段階の)酸化還元特性が本質的な役割を担っている.金属ジチオレン錯体は金属イオンとジチオレン配位子から構成されるが,図1bに示すように,金属イオンのみならず,ジチオレン配位子自身がπ軌道に基づく酸化還元特性を示すという特長がある.すなわちジチオレン配位子は,ジチオケトン(中性)-モノアニオンラジカル(?1価)-ジチオラト(?2価)という3つの電荷状態をとることができる.さらにジチオレン錯体では,金属イオンとジチオレン323