ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No6

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日本結晶学会誌Vol55No6

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概要

日本結晶学会誌Vol55No6

柴田直哉,フィンドレイスコット,幾原雄一るのかを検証するために,像シミュレーションによる理論解析を行った.図8に,(a)VH 2および(b)VH 2中のH原子をすべて抜きとったV結晶を[001]方向から観察した場合のデフォーカス-試料厚依存性マップを示す.いずれのモデル構造においてもV原子コラム位置には明瞭な暗コントラストが生じており,これはV原子コラムの存在に起因すると解釈できる.一方, VH 2においては試料厚さ10 nm以下の領域においてH原子位置に弱い暗コントラストが発生しているが, H原子を意図的に抜きとった構造においては, H原子位置には暗コントラストが生じていない.この結果は, H原子位置の弱い暗コントラストが明確にH原子の存在に起因することを示している.また, YH 2などのほかの水素化物においてもABFによるH原子コラムの直接観察が報告されている. 13)つまり, ABF STEM法を用いることにより,最も原子番号の小さいH原子コラム位置までも直接観察することが可能であることがわかった.4.ABF法のさらなる展開図9MaBF, ABF, ADF検出器の配置の模式図.(Schematicillustration of detector geometries of MaBF, ABFand ADF.)上述したABF法の優れた軽元素可視化能力は, LiやHなどこれまで観察がきわめて困難な軽元素の観察を可能にし,蓄電池材料や水素貯蔵材料などの研究開発に広く応用される契機となった.しかし,実際の材料観察においては,電子線によるダメージ,外乱ノイズおよびコンタミネーションなど,弱い軽元素コラムからの信号取得を妨げる要因がいくつも存在するため,さらなる軽元素イメージング感度の向上が求められている.最近, ABF検出器の内径とほぼ同じサイズの円形検出器を用いた中角度領域の明視野観察(middle-angle bright field:MaBF)により,軽元素と重元素を反対のコントラストで結像することにより,軽元素の視認性および分解能を高める手法が提案されている. 14),15)しかし,この手法は基本的に明視野領域を結像に利用するため,像コントラストが試料厚さに強く依存し,定量的な解析が難しいと考えられる.われわれのグループでは最近, ABFとMaBF像の差分をとることにより,軽元素コラムの視認性のみを向上させる手法(enhanced ABF:eABF)を開発した. 16)以下に本手法の要点を紹介する.図9にABF, MaBFおよびADFの検出器配置を模式的に示す.図に示すように,これらの検出領域は互いに独立しており,原理的に同時検出することが可能である. eABF像はABF像からMaBF像を差し引くことにより形成する.この際, ABF検出器とMaBF検出器の面積比に応じたゲイン調整が必須となるが,本研究では新開発の原子分解能対応型多分割STEM検出器(segmented annular all-fielddetector:SAAF)を用いた. 17)この検出器は均一な電子ビームを用いてすべての検出セグメントを一括ゲイン調整することが可能であり,各セグメント像の加減剰余が可能である.この検出器を用いてLaAlO 3[001]のeABF観察図10同時取得したLaAlO 3[001]のeABF, ABF, MaBFおよびADF像. 16)(Simultaneously obtained eABF,ABF, MaBF and ADF images of LaAlO 3[001].)像中には,平均処理した実験像およびシミュレーション像を示している.シミュレーションには試料厚50 nmを仮定した.を行った結果を図10に示す.比較として同時取得したABF, MaBFおよびADFの像を示す. eABFとABFはともに原子位置が暗コントラストで結像されているが, eABFのほうが酸素原子のコントラストが高く結像されていることがわかる.詳細に解析すると, ABF像に比べて軽元素のコントラストが約100%程度向上することがわかった.その詳細なメカニズムはほかの論文を参照いただくとして, 16)その特徴はMaBF像に明瞭に現れている. MaBFでは,酸素サイトにコントラストの強いピークが存在しており,このコントラストピークをABFから差し引くことにより,酸素コラムのみに大きなコントラスト変化を与え366日本結晶学会誌第55巻第6号(2013)