ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No6

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日本結晶学会誌Vol55No6

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概要

日本結晶学会誌Vol55No6

逆ペロフスカイト型マンガン窒化物の磁気体積効果と巨大負熱膨張の間の短距離秩序としてエネルギーを稼ぐことが難しくなり,むしろモーメントの振幅を減少させて電子的エネルギーを下げるメカニズムが助長されやすくなる,というものである.合金や金属間化合物の磁気体積効果については, 2節の最後で述べたとおり,遍歴電子磁性の立場に立って,状態密度の特異性(ピーク)にその起源を求めてきた.代表的な考え方であるストナ-・エドワーズ・ウォルファース理論38)では,ωs=Cm 2 /Kと,ωsが磁気モーメントの振幅mと結びつけられている.ここでCは磁気体積結合定数である.さらにスピンゆらぎ理論39)では, m 2をスピンゆらぎの2乗振幅ξ2により拡張してC[m 2+ξ2]/Kと記述される.これらの枠組みでは,磁気構造の物理は磁気体積結合定数Cに取り込まれていることになるが,その点に関する議論が十分になされているようには思われない.もともと遍歴電子磁性では,電子構造と磁気構造が密接に関係しており,したがって磁気体積効果と磁気構造が密接に関係することはむしろ自然で,驚くべきことではない.上述の理論的枠組みでMn 3ANの磁気体積効果が説明できないとすれば,それは電子構造がもつ物理を状態密度の特異性だけに取り込んで説明しようとすることに行き過ぎた単純化があるのである.これまでの枠組みで顧みられなかった物理的事情を考えに入れる1つの方策が磁気ストレス(magnetic stress)の概念である. 40)磁気ストレスは交換相互作用Jの歪テンソルε微分(∂J/∂ε)と結びついている.言うまでもなくJは磁気構造を決める. JやJの歪テンソル微分は磁気相互作用の起源に強く依存し,結果として,サイト間の距離に敏感である.異方性(歪)だけでなく,ストレス・テンソルのトレースから体積変化も議論できる.例えば磁性と構造の強い相関で知られるCrNの場合,最近接のCr-Cr結合はt 2gの直接的結合で反強磁性的(J 1<0)であり,結合長が短くなれば軌道の重なり合いが強まってJ 1の絶対値が大きくなると考えられる.そうであるなら,スピン反平行の最近接C-Cr結合は縮み,スピン平行の最近接Cr-Cr結合は伸びることがエネルギー的に望ましいとして,磁気ストレスはCrNの常磁性-反強磁性転移に伴う構造変態と反強磁性磁気構造を見事に説明した. 40)磁気ストレスの観点から, Mn 3ANの磁気-構造相関を統一的に記述できる可能性がある.7.体積変化のブロードニングと局所構造異常ドーパント種によって多寡はあるものの,一定量以上,おおむねx=0.1~0.3程度,をCuサイトに注入すると,低温基底状態が立方晶反強磁性となり,磁気体積効果が復活する.代表例としてx=0.5について考える(図1,水色).このドープ量では,実験の結果,調べた10種のドーパント種すべてについて全温度にわたり立方晶で,磁気秩序が反強磁性であることが確認された.ωsの値は,ドーパ日本結晶学会誌第55巻第6号(2013)ント種によらず,おおむね11×10 ?3程度である.重要な差異は,体積変化の絶対量ωsではなく,その変化が生じる温度幅?Tにある.巨大負熱膨張の起源となる体積変化のブロードニングはすべてのドーパント種で見られるわけではない.この実験結果では, Geでの?T=85 Kを筆頭に, Co(46 K), Sn(36 K), Pd(30 K)などでブロードニングが顕著である.それ以外では体積変化のブロードニングは顕著でなく, ZnやGaでは?T<1 Kの鋭い体積変化-これは一方の化学量論組成であるMn 3ZnNやMn 3GaNで見られる-が維持される. Cuの原子半径との相関は見られない.化学的な固溶がブロードニングをもたらすという単純なものではない.例えば,体積変化がブロードになった代表的例であるMn 3Cu 0.5Ge 0.5NのX線回折の結果は,負熱膨張の温度域にある回折ピークの幅が,その前後の温度域のそれに比べてまったく広がらず,空間的な不均一の存在を明確に否定している(図2a挿入図).また,中性子回折ならびにNMRの測定は,Γ5g反強磁性モーメントの成長と緩やかな体積膨張との相関を明らかにした. 41) GeやSnを固溶した系での議論から,化学量論組成(この場合Mn 3GeNやMn 3SnN)の物性が大きく異なるA元素を固溶したときにブロードニングが顕著になると示唆される.以下に,これを検証する.Ge, Sn以外の8つのドーパントAでは,いずれも化学量論比にあるMn 3ANにおいて立方晶であることが確認されているので,格子は問題ではない.顕著なブロードニングが見られなかったA元素Ni, Zn, Ga, Ag, InのうちIn以外の4つではMn 3ANが三角型反強磁性であることが確認されている. 32)一方,ブロードニングが起きたA元素Co,Rh, PdのうちRhについては, Mn 3RhNの磁気構造が三角型でないことが示されている. 32)先ほどの示唆と矛盾する実験結果は今のところない.このことは逆に,磁気構造の情報がないMn 3CoN, Mn 3PdN, Mn 3InNについて,その磁気構造を示唆する.すなわち, Mn 3InNは三角型反強磁性であり, Mn 3CoNおよびMn 3PdNはそうでないと予測される.直流磁化率(図3a)は, Mn 3CoN, Mn 3PdNが反強磁性,Mn 3InNがMn 3AgNと同じく,反強磁性に基礎を置きつつも,弱い強磁性になっていることを示している. Mn 3InNについては最近の報告42)とも矛盾しない.それらの磁気構造は今後の課題である.立方晶三角型反強磁性の化学量論組成にそうでない化学量論組成を固溶系させれば,必然的にある組成で相転移が生じることになる.こういった固溶系で体積変化がブロードになるということは,このブロードニングに相境界近傍における不安定さが積極的な役割を果たしていることを示唆している. Mn 3Cu 1?xGe xNやMn 3Cu 1?xSn xNの系では,立方晶三角型反強磁性が基底状態になる相がx=0.8を超えるまでの広範囲にわたっていることが確認されており,337