ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No6

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日本結晶学会誌Vol55No6

日本結晶学会誌55,331-339(2013)総合報告逆ペロフスカイト型マンガン窒化物の磁気体積効果と巨大負熱膨張名古屋大学大学院工学研究科竹中康司Koshi TAKENAKA: Magnetovolume Effects and Giant Negative Thermal Expansion inAntiperovskite Manganese NitridesMagnetostructural correlations in antiperovskite manganese nitrides Mn 3 AN(A:metal orsemiconducting element)are briefly reviewed based on the recent experiments on thermalexpansion, crystal structure, and magnetization. This class of nitrides is attracting great attentionbecause of the giant negative thermal expansion, which is achieved by doping Ge or Sn into the Asite as relaxant of the sharp volume change due to magnetovolume effects. Physical backgroundof the large volume change(spontaneous volume magnetostrictionωs)and the mechanism of itsbroadening are central concerns for physics and application of these nitrides. Intimate relationbetween largeωs and the cubic triangular antiferromagnetic structure is discussed in terms ofmagnetic stress concept and geometrical frustration related to the Mn 6 N octahedron. Localstructure anomaly suggested by recent microscopic probes is also referred as a possibledriving force of the broadening of volume change.1.はじめに固体を温めると体積が膨らむ「熱膨張」は,小学校4年生の理科1)でも学習する物質の基本的性質である.例えば,精密光学機器が厳格な温度管理下で使用されることや,線路や橋桁の接合部にわざわざ隙間を入れてあることは,熱膨張がありふれた現象であることを物語る.代表的な素材である鉄を例にとると,固体の熱膨張を評価する指標,線膨張係数αはおよそ12 ppm/Kである.これは1 mの鉄棒が温度100 K上昇したとき1.2 mm伸びることを意味する.一般的な感覚からすればわずかではあるが,高度に発達した現代の文明はこのレベルの制御を求める.例えば,線幅が20 nm程度である半導体デバイスの製造やX線など極短波長の光を制御する光学系が,その典型例である.また,異種材料を組み合わせたデバイスにおける熱膨張の違いは,接合部の剥離や断線といった深刻な障害を生む.熱膨張の制御は今や,さまざまな産業や科学技術の分野に普遍的に存在する大きな課題である.その熱膨張制御を可能にするのが「温めると縮む」負熱膨張物質2)-4)である.本稿で紹介する逆ペロフスカイト型マンガン窒化物の巨大な負熱膨張5)が注目された背景には,著しい技術革新とそれゆえの材料に対する過酷なまでの要求がある.本稿では,このマンガン窒化物について物質や物性を整理し,巨大な負熱膨張に関するこれまでの理解と今後取り組むべき課題を議論する.日本結晶学会誌第55巻第6号(2013)2.固体の負熱膨張結晶のモデルとしてバネにつながれた原子を考えることが多いが,熱膨張はこのバネがフックの法則に,実は従っていないことに由来する.パウリの排他原理により極端に原子同士が近づくことが許されず,そのため原子間距離?rを変数とするポテンシャル曲線は?r→0で発散的に増大する.その結果,縮んだときに押し戻す力と伸びたときに引き戻す力がもはや等しくなくなり,前者のほうが大きくなる.非調和性と呼ばれる,このポテンシャル曲線の「いびつさ」のため,温度が上昇し熱振動が激しくなるにつれて原子間隔が伸びる.これが熱膨張である.パウリの排他原理という自然法則に由来する熱膨張は固体にとっての宿命とも言える.しかしながら,どんなものにも例外はあるもので,圧力一定のもと温めると縮む物質も存在する.これが負熱膨張物質である.表1では,代表的な固体材料と負熱膨張物質について線膨張係数αの絶対値比較を行った.負熱膨張の機構は大別すると1)フレキシブル・ネットワーク(オープン・フレームワーク),2)電荷移動,そして3)磁気体積効果の3つである.1)に分類される負熱膨張物質は, LiAlSiO 4(β-ユークリプタイト)を代表とするケイ素酸化物群やZrW 2O 8をはじめとするタングステン酸化物, Cd(CN)2をはじめとするシアン化物など多岐にわたる. 2)-4) W-OやSi-Oなど,強固な原子間結合をその構造中に含むことが特徴である.原子間結合が強固になると,それだけ格子振動が調和性を回復331